ぼくらのおうち｡～Mｙ sweet home～/気象ﾊﾟﾛﾃﾞｨ (ページ42)

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……智君から手渡された椿を枕もとに置くと

初音はすぐに浅い眠りを彷徨った｡

小さく息を吐く初音の寝顔を見つめるおれ達には

交わす言葉もなく｡

ただ静寂が、初音が独り使うには広過ぎるこの部屋を支配する｡

弱々しく智君の手を握って

まるで縋るように手放そうとしない初音は

時々薄眼を開けては、夢と現の狭間を彷徨う｡

ふと混濁していた意識から現実に戻ってきた初音が

鈴を鳴らした様な声を漏らした｡

｢…………ゆ、き｡｣

｢初音……？｣

｢……雪が…降ってきた｡
空から舞い落ちた雪が……降り積もる…音がするの｡｣

おれ達物の怪にすら聞き取れない

雪の舞い落ちる微かな“音”まで

死期が迫り、五感が研ぎ澄まされた初音には聞き取れているようだった｡

｢翔……｡
御簾を上げて｡
外の景色が見たいの……｡｣

｢分かった……｣

仄暗い闇夜に浮かび上がる、儚く淡い白｡

ひらひらと闇に溶けて舞い落ちる白は、

人間の眼に

ましてや死期の迫った少女にも、見えるものなのだろうか？

｢……綺麗｡｣

それでもおれが御簾を上げ

智君がやせ細った小さな体を抱き起こすと

初音から溜息が漏れた｡

｢綺麗……ね……｣

｢うん、綺麗だ｡｣

肌を刺すような冷気からまるで自分を守るように｡

小さな肩を抱き寄せた男の胸に、初音は体を預ける｡

『まぁ…、なんて愛狂しいのかしら』

自分が望むままに

命の輝きを届け続けた智君の横顔を

初音はその男のかいなに抱かれて

まるで焼きつけるようにじっと見つめ続けた｡

｢本当に…なんと美しいことか………｣

外の雪を眺める智君の横顔を見つめながら

初音は嬉しそうにそう呟くと

そっと瞼を閉じて薄い胸板に頬を寄せた｡

溢れた涙が長い睫毛をぬらし

青白い頬を滑り落ちると

智君の着物の襟に沁み込んでいった……｡