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｢……音、初音｡｣
眠っていた少女は、おれが呼びかけるとピクリと瞼を震わせた｡
｢しょ、…お…？
私…、いつの間に眠ってたのかしら……｣
以前よりずっと小さくやせ細った体｡
初音はもう、起きている体力も残ってるようにはなかった｡
｢……今日は新月の夜だ｡
約束通り来たよ｡｣
ゆっくりと初音の小さな胸が上下して、彼女は大きく息を吐き出す｡
｢智は…？
智は…どこ…？｣
何処か遠くを見つめる双眸は儚く潤み
骨の浮き出た白い手が空を彷徨い名を呼んだ男を求める｡
｢……智君、初音があなたを呼んでる｡｣
遠巻きに彼女の様子を眺めていた智君に声を掛けると
彼はゆっくりと初音の枕もとに腰を下ろした｡
｢……これ、椿の花｡｣
言葉少なに初音に手折ってきた椿の枝を渡すと
弱々しい光を湛えた瞳に、見る間に涙が溢れた｡
花びらの奥に少しだけ白い雪を残した赤い花に
初音は泣きながら微笑みかける｡
｢綺麗…ね……｡
なんて…愛狂しいのかしら……｣
赤い大ぶりの花びらに、初音は指先でそっと触れる｡
小さく揺れた花から、まるで涙のように溶けた雪が雫となって流れ落ちた｡
｢何度手折っても、どうしても花びらが散っちゃって｡
完全な形でお前のところに持ってくるの、苦労したよ｡｣
やっと少しだけ笑った智君に、初音は穏やかな表情を浮かべていた｡
その頃になると智君から初音に対して
冷淡な言葉は浴びせられなくなっていた｡
おれも智君も
初音に『縛』を解いて欲しいと頼むこともなくなっていた｡
そうしなくても、もう近い将来、
おれ達はこの少女から解放されることが分かっていたから｡
病弱でおれ達物の怪を恐れない風変わりな少女は
世話役の女官が数名傍に仕えるだけで
彼女を気遣い見舞う者の姿など、一度も見た事がない｡
ましてや名ばかりの許嫁も
娘を出世の為の道具に使う父親も
弱り果てた彼女の元に駆けつけることはなかった｡
初音は広大で人の出入りが激しいこの屋敷で
奥まったこの部屋にいつも独りぼっち｡
訪ねて来る者は人外の者のおれ達だけ｡
そんな少女の人生ももう、遺された時間はあとわずか。
初音には確実に、死期が迫っていた｡
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作者名：あさり
作成日時：2014年6月17日 23時
