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「お手洗い借りたいんだけど」
「あぁ、そこの通路の奥」
「ん、ありがと」


お店には私しか客はいないようだった。
パンプスが床を鳴らす音がよく聞こえる。



「…」



淳太に言われた狭い通路に足を踏み入れた瞬間、ふと気が付いた。




“ 甘い香り ”




甘くてバニラのような香りなのだけれど、奥に違う妖艶な香りが顔を覗かせているような香りがするのだ。

柔軟剤か、それとも香水か。
淳太はこんな香りをつけていただろうか。




気になる気持ちを抱えたまま用を済ませ、個室の鏡でリップを整えて出る。

お手洗い近くにスタッフ専用扉があるのだが、さっきは開いていなかった扉が半開きになっていた。

こういう変化に敏感になってしまうのは、きっと職業病だ。

おそらく、淳太が閉め忘れたんだろうと思った私は、そっと扉を押して閉めておいた。




その時だった。




「?!」




思わず手を引っ込め肩を揺らす。
閉めた瞬間、また開いたのだ。


すると開いた扉は勢い余って私に直撃。




「いたっ、」
『え?』
「?!」




聞こえた声を私は知らない。




スタッフしか使えない、つまり、淳太しか使えないはずの扉から出てきた見ず知らずのこの人が





『わ!ごめんなさい!ぶつかりましたよね?!』





私の人生の大切なピースになることを
この時はまだ知らない。





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作者名:ash | 作成日時:2019年3月7日 23時

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