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ツツジ畑を抜けて、熱帯の花々が咲く温室も通り抜け、本命の薔薇畑が目の前に広がる。
温室には見たこともないような木花はもちろん、沢山の蝶が宙を舞い、カラフルな色の嘴を持つオオハシ、という鳥も居る事には驚いた。
図鑑では見た事があっても、生で見るのは初めてだった。前回、冬に来た時には見ていない。
Aさんはオオハシの巨大な嘴に目を大きく見開く。
温室を抜けると彼女は突然走り出し、身を屈めてじっくりと薔薇を見つめた。
「あっ...須貝さん、私、突然ごめんなさい」
「えっ、ああ。いや、全然気にしなくてもいいのに」
こっちはブリランテ、これはルージュリアン。あの、向こうにあるのはイブピアッチェ。
一つひとつAさんは指を指して、それぞれの薔薇の名前を唱える。
「Aさんって、薔薇に詳しいですね」
「実は私...お花、好きなんです」
「へえ。よかったーっ」
好き、の言葉は決して俺に向けられたものではない。そんなことはわかっている。それでも、「好き」の一言で胸が締め付けられるのは紛れもない事実。
本当に俺、初恋の中学生かよ。笑えねぇよ。マジで。
彼女が花が好きだと知って、自分の選んだデートスポットが花丸つきの大正解だったことに一先ず胸を撫で下ろす。
喜んでくれているみたいで、本当に、よかった。
「いい香り…」
薔薇に顔を寄せて、Aさんは目を閉じながら香りを吸い込んだ。
ポケットから携帯を取り出して、香りを楽しむ彼女の横顔をカメラに収める。
起動したアプリは当然無音カメラ。写真を数枚撮った時、俺の視線を感じたのか目を開けて振り向き、カメラのレンズを手で覆われた。
「ちょ…須貝さん!なに撮ってるんですか!」
彼女は俺の手から携帯を奪い取り、画面に写った写真を見て顔を染めた。
「盗撮ですよ。もう」
写真を消そうとする細い指から携帯を奪い返して、再びそれをポケットにしまう。
俺の携帯を追うように手を伸ばした彼女は眉を潜めて頬を膨らませる。
その仕草も可愛くて、無意識のウチにニヤついていたのか、「なんですか、その顔は」なんて腕を叩かれた。
「どうして」
「どうしても」
談交じりの言い合いの中、互いに緊張の糸が解けタメ口が少し混ざる。
それは小さな変化で、なんの意味もないのかもしれないが、俺は嬉しい。
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ぶっく。(プロフ) - どの作品も本当に素敵で、すべての話で心を動かされました!文章がとても綺麗……!最高の7名がそれぞれちがう時間を軸にした物語を展開されていて、本当にそれぞれちがう良さがありました。読んでいてとてもとても楽しかったです!ありがとうございました! (2020年4月8日 4時) (レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
餅兎(プロフ) - 神作者の皆様、執筆お疲れ様でした!どれもこれも素敵な作品で、一つ更新される度に胸を躍らせていました。本当に素晴らしい作品を有難う御座いました…!! (2020年4月8日 0時) (レス) id: 10f5dc34bc (このIDを非表示/違反報告)
還元(プロフ) - いろさん» 読んでいただきありがとうございます。この後もまだまだ素晴らしい作品が続きますので、どうぞ最後までお付き合いください!コメントもありがとうございました! (2020年4月4日 1時) (レス) id: 0ea79b5d61 (このIDを非表示/違反報告)
はるむにに(プロフ) - 神々の集まりですね、、本当すごいです(語彙力)次のお話も楽しみにしております! (2020年4月1日 22時) (レス) id: 33dd96b3e7 (このIDを非表示/違反報告)
いろ(プロフ) - なんと…凄い神々が集まって作品をお造りになられたのですね、一話目から凄かったです。皆さんの見れるなんて…最高です。ありがとうございます。 (2020年4月1日 20時) (レス) id: 5fbef9d1c0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:830 x他5人 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年3月29日 15時