02 ページ25
.
「仕事上このような事は普段禁止されておりますので、申し訳ありませんがやめて頂けませんか」
向かい合って座った彼女は、空になった皿を見つめてそう言った。彼女はテーブルクロスの端をキュッと握り、下を向く。
彼女が言っていることは正しい。そんな事、俺は分かっている。
せっかくのチャンスを逃したくはない。これを逃したらきっと、彼女とはもう会えない。
これは俺のエゴでしかない。分かってるよ。
「A先生は、」
「先生と呼ばないでください。人の目がありますので」
冷たく放たれた言葉に息を飲む。先程までは我ながら彼女を楽しませる事ができていたと思うし、彼女も俺の話に乗ってくれていた。それなのに、
俺は数日前、とある決心をした。それは彼女をどうにかデートに誘う事で、祐太郎の連絡ノートにこっそりと誘いの手紙を忍ばせていた。
『日曜日の13時にランチをご一緒させてください。駅前の歩道橋で待っています。須貝』
A先生。来てくれ、頼む。
一抹の望みを託したその手紙。もし彼女が来なかったら、正直少し…いや、かなり落ち込むけれど、それはそれで構わない。
お互いの電話番号を交換しているわけでもない。だから、これは賭けなのだ。
歩道橋の上から彼女の姿が見えた時。よし、とガッツボーズをして俺は今にも踊り出しそうだった。
二人の共通の会話といえば当然、祐太郎について。
「なんだか家庭訪問みたいですね」と苦笑いした彼女はチキンライスを口に運ぶ。俺はハヤシライスとウーロン茶。
どうにか会話の幅を広げることはできないか。
最近あった変な出来事や自分の研究のこと、定番だけれど好きな映画や音楽のこと。いろいろ話してみると、どの話も彼女は相槌を打って、楽しそうに聞いてくれていた。
彼女の放った言葉は当然、といえば当然で。舞い上がっていた心が急速に萎む。
それでもここで逃げるような男ではないはずだ、俺は。呼吸を落ち着かせるためにウーロン茶を飲もうとしたが中身は殻で、ズゴゴッ、と恥ずかしくストローが音を立てる。
「それじゃあ、Aさん」
ゴクリと固唾を飲み込む。
「この後行きたいところがあるのですが、よかったら行きませんか」
彼女はゆっくりと頷いて、俺はレーブルの下でガッツポーズをした。もう、失敗はしない。
.
そして、時は現在に戻る。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 302人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「短編集」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ぶっく。(プロフ) - どの作品も本当に素敵で、すべての話で心を動かされました！文章がとても綺麗……！最高の7名がそれぞれちがう時間を軸にした物語を展開されていて、本当にそれぞれちがう良さがありました。読んでいてとてもとても楽しかったです！ありがとうございました！ (2020年4月8日 4時) (
レス) id: 19fcfdccc5 (このIDを非表示/違反報告)
餅兎(プロフ) - 神作者の皆様、執筆お疲れ様でした！どれもこれも素敵な作品で、一つ更新される度に胸を躍らせていました。本当に素晴らしい作品を有難う御座いました…！！ (2020年4月8日 0時) (レス) id: 10f5dc34bc (このIDを非表示/違反報告)
還元(プロフ) - いろさん» 読んでいただきありがとうございます。この後もまだまだ素晴らしい作品が続きますので、どうぞ最後までお付き合いください！コメントもありがとうございました！ (2020年4月4日 1時) (レス) id: 0ea79b5d61 (このIDを非表示/違反報告)
はるむにに(プロフ) - 神々の集まりですね、、本当すごいです(語彙力)次のお話も楽しみにしております！ (2020年4月1日 22時) (レス) id: 33dd96b3e7 (このIDを非表示/違反報告)
いろ(プロフ) - なんと…凄い神々が集まって作品をお造りになられたのですね、一話目から凄かったです。皆さんの見れるなんて…最高です。ありがとうございます。 (2020年4月1日 20時) (レス) id: 5fbef9d1c0 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：830 x他5人 | 作者ホームページ：
作成日時：2020年3月29日 15時
