嬉し涙 ページ25
手から溢れる血が切島の手を伝って地面に落ちる。ぽたりぽたり。目を閉じればそれは優しい音に聞こえた。だけど血だって分かればとても残酷な音だ。
段々と手の感覚が無くなってきた。握力も弱まる。もう一押し。その一押しができない。俺と手を繋ぐコイツはどんどん力を増して俺を逆に押し返し始めた。こんなところで負けられないのに。負けたくないのに。
「勝ちたいよ…！」
「っ！俺もだよ！！！！」
「なっ」
とうとう押し負けた。吹っ飛ばされた。リングの中央に横たわる。上を見上げるとスタジアムのモニターにもう俺は映ってなくて。俺の能力から解放された、キラキラした切島がいた。
皆んな切島を見てる…？俺ができないやつだから？そんな、やだよ。俺を見てよ。ヤダヤダヤダヤダヤダヤダ！！！！
実況も観客も全員が切島に夢中なんだ。俺がヒーローじゃないから、期待に応えられないから。俺を見て。お願いだよ。
腹の底でふつふつと何かが生まれ始める。
小さい頃からヒーローヒーロー。大人はいつだって俺を見ない。見ようとしない。嫌い。大大大嫌い。
小さな憂いは、やがて大きな憎悪に変わる。
「…れを…」
むくりと体を起こす。
「…彩人？？」
「…俺を」
ふらりと立ち上がる。
「お、おい、どうしたんだよ？」
審判の声も、観客の歓声も、切島の心配も、何も聞こえない。涙が溢れる。キャパオーバー？でもいつもと違う気がする。俺、何で泣いてんだろ。
「俺を、俺だけを！！」
「彩人？おい！大丈夫かよ！？？」
ぽたり、涙が落ちる。残酷で優しい音。前が見える。切島も、客も、全部。やっぱりキャパじゃない。これはきっと、嬉し涙だ。
会場は静まり返る。耳が痛いくらいシンとしてる。心地良い風が吹く。目の前の切島は俺から目を離さない。ここにいるヤツら皆んな。皆んな俺を見てる。俺から目を離さない。あぁ、こう言うことなんだ。
目立ちたいわけじゃなかった。ただ本当の俺を…
「見て、欲しい…」
涙を流したまま、倒れた。今度はちゃんと、感情のこもらないキャパの涙だった。次第に会場はざわついていく。音が戻ってく。
「な、何だ今の」
「今一瞬…」
「なんか、やばかった…」
「は、あ、彩人！！？おい！！」
体が動かない。この声は切島かな。なんか、疲れたな。とりあえず寝ちゃおう…。
【…い、色取彩人！戦闘不能、よって勝者、切島鋭児郎！！】
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作者名：鞘駄律機 | 作成日時：2021年8月26日 14時
