お願い、早く堕ちてきて。【灰谷蘭】

＊ ページ25

『私もこの間、失礼があったのではないかと思っておりましたので、直接お会いして謝りたいです。ただ明日は塾がありますので、別日にして頂けますと幸いです』


ちょっと堅すぎるかしら？でもこれなら、もし父母が見たとしても男の人とやりとりしているだなんて思われないわよね。きっと周りからはケータイの画面と睨めっこしている変な女だと思われているけれど仕方ない。なんだか、彼とのメールを家に持ち帰ってはいけない気がして、家の前の曲がり角あたりでもじもじ、うろうろしながら彼からの返信を待っていた。

10分の間が空いた後、シンプルな受信音と共に届いたメールを真っ先に開け、食い入るようにして見つめる。


『今週の土曜日は？午後からになるけど』


土曜日、は空いている。こんなにすぐ返信したら変かしら、ずっとメールを待っていたのだとバレないかしら、なんて色んなことを考えながら、数分ずらしてメールを返す。


『その日は1日空いています。どちらに、何時頃伺えばよろしいでしょうか？』

『14時くらいに家出てて貰える？迎えに行くから。この間買ってた本、ちゃんと持って来てね』


本？と首を傾げるが、「この間買ってた」という文言でピンとくる。もしかして、あの時買ったアクセサリーをつけて来て、ということだろうか？もしメールを父母に見られても何も不自然がないように、という気配り……？


(な、なんてスマートなの……！)


この方、やっぱりすごく女性慣れしてるわ……こんな咄嗟に口裏合わせのような真似をしてくるなんて、多分きっと、悪いことにも慣れている。この人と関わる度に、少しづつ自分の皮が剥がれていくような感覚に陥る。

多分、いやきっと、あの人から逃げるなら今しかない。これ以上関わったら、きっともう抜け出せなくなる。あの人に頭ごと囚われて、溜息なんてつきたくないのに無意識に吐いてしまう。勉強も頭に入らない、ずっとあの宝石みたいな葡萄の瞳に囚われて、自分が自分でなくなっていく。


(……それでも)


私は迷いながら文字を打った。きっともう後戻り出来ないけれど、もう一度あの、普通ではない危険な人に会いたくて___メッセージを、返した。


『分かりました。楽しみにしています』

初デート。→←＊

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す