契り【狗巻棘】

■04% ページ6

父親に狗巻棘との婚約解消を命じられたことについて姉にそれでいいのかと問われたあの日から数日が経った今日。

相も変わらずいつも通りの帰宅路を雲ひとつない青色が広がる空模様に見下ろされながら歩む。

人通りの少ない地域のせいかすれ違う人間もおらず、ただ真っ直ぐとした道を歩きながら、帰宅路に己の吐き出した二酸化炭素が舞っていく様を見送る。

遠くから蝉の鳴き声と子ども達の笑い声が聞こえた気がした、その直後、





｢……高菜｣

｢…っな！？｣


懐かしさを感じさせる低い声が自身の両耳へと突き刺さる。

夏の熱を含んだ太陽の日差しに照らされた彼の色素の薄い髪の毛がさらさらと揺れるのが視界いっぱいに蔓延る。

曲がり角を進んだ直後、待ち構えていたかのように立ち尽くしていた目の前の男と視線が重なり、絡み合った。


1年ぶりに見た彼

少しだけ身長差が開いたのでは、と思考が冷静に分析を行う反面、棘君のいきなりの登場に脳が驚いたせいで紡がれることのなかった言葉が喉を逆流する。

体育なんてなかったはずなのに額や背中が汗ばむのを感じる。ドクドクと加速する心臓が歪に音を立てた。



｢と…っげ、くん｣


乱れ始める呼吸を押さえつけながら許嫁だった目の前の人物の名前を吐き捨てる。

未だに理解出来ていないおにぎりの具のみの会話文がネックウォーマーのようなもので隠された彼の口元から綴られて宙を舞う。

耳に届く文字列。
脳がそれらを理解出来ず、未処理のままその場に放置をされていく。


何故、棘君がここに？疑問という疑問が脳裏に浮かび上がっては沈んでを繰り返す。

私の進行方向を塞ぐかのように立ち尽くす棘君の視線が自身の身体を突き刺しては掻き乱していく。

何処と無く怖さを滲ませるその姿に身体を支える足が震えだし、理性が直ぐにその場を離れろと指示を下した。

ぐっと奥歯を噛み締めその指令を遂行するために体を動かそうとした次の瞬間、



｢…待て｣

｢…っんっ！？｣



キィーンと耳鳴りが響くかのように己の頭が、身体が、手足が、全てに震えが走る。彼の呪いの言の葉と自身の盾である防御壁がぶつかり合いをみせる。

久しぶり聞いた棘君の本当の言葉に痺れるような何かを植え付けられる。

彼から向けられた呪言に呑み込まれまいと必死に結界が発動する。




｢…すじこ｣

｢…離して｣



刹那、そちらにばかり意識がいっていたせいか右手を彼に掴まれ逃げるタイミングを失ってしまった。

■05%→←■03%

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す