ベイビー・ラブ (ページ36)

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北斗先輩とこんなに会話をしなかったのは初めてかもしれない。

だから、あまりにも今日の沈黙は辛かった。話しかけて無視されたら泣いちゃうかもって思った。

そんな私が勇気を出して北斗先輩と向き合えたのはレジ締め後。二人きりの事務所で北斗先輩の名前を呼ぶ。

｢あの、北斗先輩｣

｢………うん？｣

｢…ごめんなさい……｣

斎藤さんに言われた通り、トイレに向かって鏡を見た時びっくりした。髪を上げた鏡の中の自分の首筋には、赤い跡が付いていたから。

どう見てもキスマークだった。それに気づいた瞬間恥ずかし過ぎて死にたくなった。

けっこう派手なそれにも気づかないで能天気にバイトに向かってた自分に呆れた。浮かれすぎた自分の馬鹿さに泣きたくなった。

北斗先輩はこれに気づいてたんだよね。だから私の髪を解いて隠してくれたの。

もう、消えてなくなってしまいたかった。だけど、北斗先輩に誤解されたままが嫌で声をかけた。

でもさ、誤解って何？気づいてなかったから私は悪くないですって言うの？そう思ったらもう何も言えなくて目頭が熱くなる。泣きたくないけど、もう溢れてしまいそう。

｢A……ごめん｣

｢なんで北斗先輩が謝るの……｣

｢俺、別に怒ってたわけじゃないから｣

謝らせるつもりなかったのに、怖くしてごめんなって言われたらとうとう涙が零れた。

そんな優しい声出さないてって思うのに、北斗先輩はお前は悪くないよって言う。

｢樹に腹立ったの｣

｢樹先輩に……？｣

｢あんな見えるとこに付けたら、見る人が見たらわかるから｣

彼女そういう目で見られていいのかよって思ったら、Aに当たってたごめんなって。困った顔した北斗先輩にそんなこと言われたら、胸が苦しくなった。

｢A、電話｣

｢え、あ…｣

｢樹だろ？｣

不意に鳴った私のスマホ。北斗先輩の言う通り、画面に写し出されるのは田中樹の文字。きっと迎えに来たよって連絡。

｢行ったら？｣

｢でも……｣

｢だから、俺は怒ってないの｣

気にすんなって笑った北斗先輩の気持ちは分からない。ただ分かるのは、私の方に伸ばしかけた手を北斗先輩がぐっと握りしめたことだけ。

｢北斗先輩は、ずっと北斗先輩ですよね……？｣

｢何だそれ｣

｢いいから、うんって言ってくださいよ…｣

我儘なのは分かってる。でも、確かな答えが聞きたかった。

｢俺は、俺だよ｣

｢……はい｣

｢変わんないから｣

早く樹のとこ行ってあげなって言う北斗先輩の顔が切なそうに見えたのは、私の気のせいであって欲しいと心の底から思った。