◎ ページ33
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｢俺、今日全然できなかった｣
2人で乗り込んだ電車の中で田中くんは小さな声で言う。
熱だったんだから仕方ないじゃん、なんて言えなかった。だって今日までの田中くんの頑張りを知ってるから。
｢大学受かんなかったらどーしよ｣
並んで座る電車の中でポスンと倒れ込んできた肩が熱い。でも今日はこの肩を引き剥がすことは出来なかった。
｢ねえ、…駄目だったらもう1年面倒見てくれる？｣
｢そんなこと言わないの｣
甘えるように擦り寄った髪に触れた。大丈夫って茶色い髪を梳く。
｢でも、まじで今回の結果悪い｣
｢一般受けるんだからまだ諦めないでよ｣
｢そうなんだけど…｣
何を言っても諦めモードの田中くんは、全然私の言うことを聞いてくれない。
仕方ない、こうなったら魔法をかけよう。
絶対君が頑張れる、特別な魔法をかけてあげる。
｢ じゃあ、田中くんはさ｣
｢ん…？｣
｢…私のこと、あと1年も待たせるの？｣
できるだけ艶っぽく。あとは私の気持ちを込めて。
すぐそこの形のいい耳に囁いたら、ガバッと起き上がった田中くんは口をパクパクさせながらその真意を伺うように私を覗き込んだ。ほっぺたが赤いのは、きっと熱のせいだけじゃない。
たまには私だって、田中くんをドキドキさせることができるの。ねえ早く、元気になりなさいよ。何も心配なんてしなくていいから。
｢先生、それはこの前の答え…？｣
｢違うよ｣
｢え、だって、｣
｢田中くんの受験が終わるまでは、言わない｣
そう。大事な言葉は言ってあげない。そんなの嫌でしょ？だったらもうひと踏ん張りしなさい。
そして早く私を迎えに来てよ。
｢明後日、塾で待ってるから｣
電車を降りて田中くんを家まで送り届けたら、空はもう真っ暗になっていた。
ちらっと見たスマホには高地くんからの大量のラインと着信がある。怒ってるかも。
｢じゃあ、私帰るね｣
上着も着ないで出てきたせいで寒いし急いで帰ろうとすれば、遠慮がちに今日着ていたスウェットの袖を引かれる。
｢まだ行かないでよ｣
揺れる瞳がいけなかった。暗いのをいいことに、すぐそこの自動販売機の影に隠れる。
｢先生、？｣
｢…静かに｣
今日だけは黙って抱きしめられてなさい。田中くんがいいって言うまで傍にいてあげるから。
｢どこにも行かないよ｣
抱き締めた身体は熱くて、やっぱりちょっと背伸びした香水の匂いがした。
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sail(プロフ) - ゆーみんさん» コメントありがとうございます！キュンキュンがお届けできて嬉しいです！ (2020年11月29日 16時) (
レス) id: 68c0c1ca67 (このIDを非表示/違反報告)
ゆーみん - めっちゃキュンキュンしました！ (2020年11月29日 15時) (レス) id: 505bb2abee (このIDを非表示/違反報告)
sail(プロフ) - 早瀬さん» タイトルの意味にまで気付いていただけてとても嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします！ (2020年11月13日 13時) (レス) id: 68c0c1ca67 (このIDを非表示/違反報告)
早瀬(プロフ) - 完結おめでとうございます！最初は間違いなく樹の目線だったタイトルが、最後の最後で長谷川先生のタイトルになったこと、お洒落すぎました。素敵なお話をありがとうございました。次回作も楽しみにしています！ (2020年11月13日 10時) (レス) id: d923da9d53 (このIDを非表示/違反報告)
sail(プロフ) - 早瀬さん» コメントありがとうございます。想いあってたのにすれ違った2人を書いていて、私も切なくなりました、、、これからも更新頑張ります！ありがとうございます！ (2020年11月5日 19時) (レス) id: 68c0c1ca67 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：sail
| 作者ホームページ：http://ma-no homepage
作成日時：2020年10月23日 11時
