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結局塾が閉まるギリギリまで自習室にいた私達は、ふたり揃って塾を出た。最後までカウンターにいた社員さんは、それを見て見ぬふりをしてくれる。
本当は駄目なんだからねって言いながら薬指のリングへチラリと視線を移した彼女は、きっと誰にも秘密な経験があるのだろう。
今度詳しく聞いてみようと思いつつも塾の外へ出れば、街はクリスマスのムードに包まれていた。
「A先生って、今恋してる?」
ふいにそんなことを聞かれたのは大きなクリスマスツリーの下。塾の近くの公園で、ここを抜けたら私の家が見える。
あの夜、泣いてる女の子を1人で返せないからってここまで一緒に来てくれた田中くんは、今日も俺の我儘だからってこの公園まで私を送ってくれている。
「してるよ」
そう、答えた声は少し震えていた。
「それって松村先生?」
「…うん、」
「でも上手くいかなかったんすよね」
「…、そうだね」
上手くも何も、始まる前に終わってしまった。だから、それを恋と呼んでいいのかもわからないような淡い感情。
でも、今恋をしてると言ったのは、田中くんへの牽制だ。これ以上近づかないで、私を惑わせないでって。
なのに、そんなの見透かしたように田中くんは私の作る壁さえ越えてくるのだ。
「俺もね、今恋してます」
何も言えない私に近づいて、田中くんの冷たい指がほっぺたに触れる。
「ずっと、年上は好みじゃねえなって思ってたけど違った」
冷たい。でも、熱い。
「A先生が、好き」
ちゅ、って鳴ったのは可愛いリップ音。鼻先に感じるのは、温かくて柔らかい感触。
心臓がおかしなくらい駆け足に鳴って、田中くんの顔が見れない。
「田中く、…」
「樹、でしょ」
「あ、」
「ふふ、まあそれもいいや。今じゃなくていい」
ほっぺたにかかる私の髪を耳にかけて笑う男の子は、アルバイト先の塾の生徒。
それ以上でもそれ以下でもない、
はずだった。
「返事は、俺が大学受かってからでいーよ」
「…なんでそんな自信満々なの」
「だって、先生はきっと俺を好きになる」
12月25日、世間は所謂クリスマス。見上げた空からは、関東には珍しい小さな氷の結晶が舞い落ちた。
甘い毒に侵されて、ノーと言えないのはきっと今日がクリスマスだから。そう、きっと聖夜の魔法のせいなのだ。
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sail(プロフ) - ゆーみんさん» コメントありがとうございます!キュンキュンがお届けできて嬉しいです! (2020年11月29日 16時) (レス) id: 68c0c1ca67 (このIDを非表示/違反報告)
ゆーみん - めっちゃキュンキュンしました! (2020年11月29日 15時) (レス) id: 505bb2abee (このIDを非表示/違反報告)
sail(プロフ) - 早瀬さん» タイトルの意味にまで気付いていただけてとても嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします! (2020年11月13日 13時) (レス) id: 68c0c1ca67 (このIDを非表示/違反報告)
早瀬(プロフ) - 完結おめでとうございます!最初は間違いなく樹の目線だったタイトルが、最後の最後で長谷川先生のタイトルになったこと、お洒落すぎました。素敵なお話をありがとうございました。次回作も楽しみにしています! (2020年11月13日 10時) (レス) id: d923da9d53 (このIDを非表示/違反報告)
sail(プロフ) - 早瀬さん» コメントありがとうございます。想いあってたのにすれ違った2人を書いていて、私も切なくなりました、、、これからも更新頑張ります!ありがとうございます! (2020年11月5日 19時) (レス) id: 68c0c1ca67 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:sail | 作者ホームページ:http://ma-no homepage
作成日時:2020年10月23日 11時