Ep5「優しいMagician」 ページ6
ハードカバーの表紙をめくると読めないが見慣れた文字が並んでいる。
どうやら今自分がいる世界が仮に別世界だとしても、もとの世界とだいぶ近しいらしい。
とはいえ、仮だとしても今自分がいる世界を別世界と考えるのは馬鹿馬鹿しく感じる。
やはり「自分はまだリビングの部屋にいて、眠り、夢を見ている」とした方が現実的だ。
...頬をつねった痛みは感じるが...。
(夢でも現実でも、これからどうしたらいいのか)
そんなことを考えると、ふと、笑みが零れる。
夢にしろ現実にしろ、あの世界でもこの世界でも、考えることも不安なことも全部これからのことだ。
どこにいても変わらないらしい。
「なに笑ってるんだい？」
突然頭上から聞き覚えのある声が聞こえ、地面から視線をあげる。
「思ったより元気そうだねA」
赤い髪、金色の瞳。
こうして見下ろされるとずいぶんと背が高いとわかる。
仮称オベロンが目の前にたっていた。
「何で」
「面白そうだから」
「面白そう？」
「うん、面白そう」
飄々と答え彼はこちらに手をさしのべる。
「来る？来ない？」
きっとこの人は優しいだけの人じゃない。
「面白そうだから」、そんな好奇心で手をさしのべるのは優しさからじゃないはずだ。
「知らない人についていくのは怖い」
「...そう」
私の言葉に彼はさしのべた手を下ろしかけるが、私はその手を握った。
「それでも...」
心臓が速くなり、緊張が高まる。
警察も保護施設もない。
これからどれだけの間この状態なのかもわからない。
お金もスマホもない。
たった一つ、
「選択肢があるならっ」
「...ふふっ、よかったよ。女性に断られるのは馴れてないんだ」
「えっと、それは......」
「大丈夫、冗談だよ。しばらくの間はボクの家で暮らせばいい。空いてる部屋ならあるからね」
握った私の手を握り返しそっと引き寄せられた。
反動で立ち上がり彼との距離が近づき、あわてて離れる。
「あ、あの、あなたの名前って...」
「あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったね。ボクはヒソカ、奇術師さ」
「キジュツシ？」
聞きなれない言葉に思わず聞き返すと、彼は私の目の前に手を見せるとパッと一輪の薔薇を出した。
「キジュツシ」って「奇術師」、マジシャンということか。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
その薔薇を受けとると彼は満足そうに歩きだす。
私もその背中を追いかける。
(奇術師ヒソカ、聞き覚えがある気がする...)
Ep6「微睡みCradle」→←Ep4「夕暮れTempest」
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作者名：００ | 作成日時：2019年5月25日 12時
