Ep4「夕暮れTempest」 ページ5
走れなくなるほど走ったあとは宛もなくただただ歩き続け、見つけた古いベンチに腰かけた。
そして何も考えず、何も見ず、何もせず、思考停止、現実逃避に時間を費やした。
どれだけの時間が流れたのか、日は暮れ始めている。
最後に時計をみたのはオベロンの部屋、午前7時を指していたときだ。
(あ〜...今日どこで寝よう...)
スマホもない。
お金もない。
知り合いもいない。
明日から自分はどうしたらいいのだろうか。
目の前の夢であって欲しい現実に糸が切れたように涙が零れだす。
「うっ...ぐずっ...うぅう、っく...」
嗚咽を押さえながら涙を止めようとするが拭っても拭ってもあふれでた。
「はぁ...」
「っ！」
男性のため息が隣から聞こえ、驚いて横を見ると頭に包帯を巻いた男性が本を閉じた。
私と同年代くらいの黒髪の青年。
「ここは静かに本を読めて気に入っているんだ」
「...すみません」
そうか、私は彼の邪魔をしてしまっているらしい。
反射的に謝り席を立とうとするが、それを止めるように彼の手が私の腕を掴む。
「邪魔だと言ってはいないだろう？早合点だ、それに涙は止まっただろ？」
言われて気がついた。
彼のため息に驚いて涙が引っ込んだらしい。
「泣いていた訳を聞いても？」
「...あ...っ...実は────」
話を聞いてほしかった。
どれだけ今自分が大変な状況なのか。
そんなありえない私の話を彼は笑いもせず静かに聞いてくれた。
「それはとても興味深いな」
「興味深い、ですか...？」
「ん、あぁ決して疑っているわけでも面白がっているわけでもないんだ。気分を害したなら謝ろう」
「い、いえ、大丈夫です。今は変に同情されるより、そっちの方がありがたいです」
「その様子なら大丈夫だろう」
ふっと微かに笑みを浮かべると青年は立ち上がり私に読んでいた本を渡してきた。
「同じような内容でも喜劇にも悲劇にも変わる。どちらになるかは選べるんじゃないか？これはその選別だ」
「ありがとう、ございます...」
夕日に照らされた青年に圧倒され断ることを忘れた私は本を受け取り遠くなる背中を見送った。
渡された本はハンター文字でも日本語でもなく、英語でかかれていた。
自分の知る文字という安心感と、文字が存在するからと言ってその国が存在するわけではない悲しみで複雑な感情がその本を持つ手に力を込める。
(タイトルは...)
ギリギリ読むことができるその本の題名は「Tempest」。
Ep5「優しいMagician」→←Ep3「無稽のFugue」
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作者名：００ | 作成日時：2019年5月25日 12時
