距離感 ページ9
❀
｢(なに……これ)｣
何とか背中の間との距離を取ろうと、上体を少し前に倒して膝を抱えて座るA。
しかし灰崎はそれをいいことに、さらに体重をかけるようにAの背中に身を預け、凭れかかる。
｢(落ち着け、落ち着くのよ私)｣
胸に手を当て、自分にそう何度も言い聞かせる。
ふと、横から視線を感じて、顔をそちらへと向けた。感じていた視線の先には、汗塗れになりながらも満面の笑みで親指を立てる水神矢の姿が。
彼が一番、この状況を楽しんでいる気さえする。
｢つ…強かったわね、ブラジル｣
何か話題を切り出さねば、とAが思考を巡らせた結果がその言葉だ。あまりに唐突で、脈絡のない発言をした自分を、Aは殴りたくなった。
｢ごめん、今のな……｣
｢そうだな｣
｢し…？｣
あまりにもあっさり返ってきた言葉に、Aは顔を前に向けたまま、意外そうに目を瞬かせる。
ついこの間ならば、己の力を過信してて相手を見下す態度ばかりを取っていたというのに、今はそういった高圧的な様子が、灰崎からは感じられない。
｢(成長、したんだなぁ……)｣
星章に所属していた頃の灰崎を知っているが故に、子の成長を見守る親のような気分になってしまう。水神矢の灰崎を思う気持ちも、わからなくはない。
｢何笑ってんだよ、気持ちわるい｣
どうやら口から微かな笑いが零れていたようだ。彼女の後ろから、灰崎の不満気な声が聞こえてくる。
｢ううん。ただ……ちょっとね、嬉しかったの。灰崎くんのシュートが決勝点になったのが｣
そう言って、スタジアムの上空を飛び回る鳥の姿を見上げる。顔を傾けた灰崎が、彼女の横顔を暫く見つめていると｢ほんと変わってるよな、お前の頭｣そんな軽口を放って、つられるように空を眺めた。
｢変わってるのは、そっちも同じでしょ｣
｢……さあな｣
まるで、勝利を祝福するかのように飛び回る鳥。芝生の上に置かれていた二人の手の指先が、僅かに重なっていた。それが故意なのか、たまたまなのか、それは、この二人以外の者は知る由もないだろう。
A達から少し離れた同じ芝生の上では、汗にまみれて戦った両チームの選手達が握手を交わし、善きサッカーの時間と栄光を讃え合う。
｢楽しかったよ、アミーゴ｣
そして、明日人とアルトゥールが光射す空を見上げる。＿＿＿おそらくアルトゥールは、自分たちの想いがベルナルドに伝わったことを信じて。
(ちょっとだけ、かっこよかったよ)
(……ばーか)
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年9月18日 14時
