捌け口 ページ47
❀
胸ぐらを掴んでいるヒロトの手が、震えているのが分かった。彼は、今にも泣きだしそうなほど眉をひそめるけれど、すんでのところで涙を流さない。悲しみに耐える大人の男の表情でAを見つめる。
「なんなんだよお前は!今まで誰のために風邪引いたお前の看病を、晩飯抜いてまでしてやったと思ってる!誰のために、寝る間も惜しんで練習に付き合ってやったと思ってるんだよ!」
掴んだ胸ぐらごと力任せに前後へ揺らしながら過去の出来事を掘り返し、ヒロトが訴えかける。
いつでも…いつだってそうだ。風邪を引いた時、相手に洗脳をされた時、Aが困っていた時は誰よりも近くで、誰よりも傍でヒロトが寄り添っていた。
「辛い思いをしてるのが……自分だけだと思ってんじゃねぇよバカ!!」
その言葉が五寸釘のように、Aの胸へ直接打ち込まれると、瑠璃色の瞳が今にも零れ落ちそうなほどに見開かれた。そしてヒロトは、涙を気取らせまいとするように、しかし打ち沈んだ調子で言った。
「少しは、俺にも……」
何かを言いかけて小刻みに震えるとヒロトは、「クソッ!!」という声を上げて、掴んでいた胸ぐらを離す。
「ひろ、と」
頭を俯かせて弱々しい声を振り絞ったヒロトに、Aは少なからず胸が締め付けられるような切なさを感じていた。池に張った薄氷のように、不安と動揺が激しく心を揺さぶる。
「いい加減気づけよ……この鈍感女」
顔が上がると、先程よりも距離を縮めたヒロトの真剣な瞳と目が合う。 そして何を思ったのか、ヒロトは顔をゆっくり近づけると、Aの肩を後ろから抱くように引き寄せて、額同士をくっつけた。
「ちょ、ちょっと!」
額からお互いの生ぬるい温度が伝わっていく。突然の行為にAは離れようと頭を後ろに引くが、後頭部を固定されてしまいそれは叶わなくなる。
「ムカつくんだよ……。
お前が、他の誰かと話してるのを見ると」
お互いの息遣いが聞こえる距離。吐息すらも触れ合う中で、意識しないわけがない。そして今まで聞くことのなかったヒロトの心情が打ち明けられると、Aは横目を逸らして口を開いた。
「は…はあ?なによそれ、嫉妬?」
「悪いかよ」
軽い冗談のつもりで、その場の雰囲気を取り繕うとして放った言葉。どうせいつものように「んなわけねぇだろ、ブス」とからかわれるのだろうとばかり思っていたAだが、その考えは浅はかだった。
(あんた、自分で言ってること分かってんの?)
(……あぁ)
132人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「イナズマイレブン」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:小雪 | 作成日時:2019年9月18日 14時