癇癪 ページ45
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｢ここ最近のお前見てると、思うんだよ｣
搾り出すような震える声でヒロトが呟く。釜の中に押し込めていた様々な感情が沸騰するお湯のように、ふつふつと音を立てて沸き上がるのを感じた。
｢何がよ｣
Aから恐る恐る訊ねかけられると、ヒロトは自らを嘲るように笑い、そのまま唇を歪める。……そして、自尊心を傷けるような皮肉を込めて云った。
｢お前って、マジで " 最低 " だよな｣
｢え…？｣
その言葉に、Aはかんしゃく玉を噛み砕いたような衝撃を受けた。発言したヒロトは、わざとその部分を強調したようにも思える。しかし、傷を抉るようなヒロトの言葉はまだつづく。
｢な、なによ急に｣
｢だってそうだろ？一星や灰崎、両方に媚び売って近づいてるんだからな。例えどっちかに振られたとしても、お前は残った方を選べるってわけだ。なんなら最後は野坂に泣きつけばいい話だしな｣
夕日に照らされて硝子玉のように輝く瞳を揺らす彼女の心に、ヒロトはさらなる追い討ちをかける。顎に手をかけて、顔を上に向けさせる。そして、まるでその言葉を中へ練り込むように、耳元で囁いた。
｢役得だよなぁ？心に余裕あるお前がほんっとうに羨ましいぜ。……なあ、いったいどんな気分なんだよ｣
勃然として焼くような嫉妬がヒロトの胸の中に堅く凝りついた。我慢の限界を超えたのだろう。今の彼には躊躇いというブレーキが効かなかった。
｢やめろ｣｢コイツは悪くない｣何度も心の中で叫んで訴えても、自分の意思とは裏腹に言葉は止めどなく口から吐き出されていく。
｢いいよな。両方から好意を持たれてるお前は。最後に余った方を選べるんだから。贅沢すぎるだろ｣
わざとらしい芝居かかった口調で畳み掛ける。抑え込んでいた思いをひとたび口から吐き出せば、それは鋭利な刃となって、Aの心臓を幾度となく突き刺す。そしてついに、恐れていた事が現実となる。
｢所詮お前にとって一星も灰崎も、自分の気持ちがハッキリするまでの保険で、都合のい……＿＿ッ！｣
まるで言葉を遮るように、うなりを上げたAの片手が振りあげられる。はっ…と言葉を飲みこんだ時には、垂れていたヒロトの顔が引きちぎれるほど横を向いて、乾いた音が響き渡った。
｢……っ!!｣
死んだ鯖の目玉のように澱んだ頭の中、ヒロトは状況がよく飲み込めず放心したまま、強くぶたれた頬に手を添えていた。皮膚はぴりぴりと細かく震えて、まるで彼女の心の傷を感じているようだった。
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年9月18日 14時
