Mysterium historia -ミュステリウムヒストリア-【派生作品】 (ページ3)

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透明少女と彼女の人外【ライラ】ページ3

人通りが多い所に行くと、自分が認識されないことを痛烈に理解してしまうので、ああ私は今透明だな、と思うと家の裏の林に入り込んでいた。
養父所有のそこの奥には、綺麗な湖があったのだ。
透き通った水の中には魚がゆらゆらと泳いでいて、辺りが薄暗くなるまで私はそれを夢中で眺めたり、湖畔で水と戯れたりして、孤独の恐怖から目を逸らして過ごすのが常だった。
特に夕方になると太陽の光を受けて湖面が橙に染まるのが好きで、それを見るためだけにわざわざ林に分け入ったりもしていた。お気に入りの場所だったのだ。

いつも誰もいなかったそんな湖の側に、誰かがいると気づいて、私はかなり驚いた。
と、同時に淡い期待を抱いた。もう三日も透明なのだから、いい加減に見えるようになっているのでは？と。
期待しすぎないようにと言い聞かせながらも、胸を弾ませる私は、男の風体についてなんの注意も払っていなかったのである。
今思い返せば、あの時のガスパーは正気の私なら絶対に話しかけないような怪しい格好をしていた。 ……今も結構ではあるのだが、ともかく。
長く伸びた手入れのされていない黒い髪に、薄汚れたサイズが合ってないと見える服、しかも結構体格のいい見ず知らずの男だ。
若干十歳の少女が話しかけていい相手ではないと思う。
だが、人恋しさが天元突破していた私は話しかけてしまったのである。

「ねえ、君はそこで何してるの？」

努めて冷静に、普通にと話しかけた声。
相手にもそう聞こえただろうかという私の不安は、次の瞬間強い驚きを持って吹き飛ばされた。

「飯食ってる！」

くるりと振り向いた男は、鋭い歯を見せてニッカリと笑っていた。
掲げられた腕……というよりは触手と言ったほうが正しいだろう、その中には魚がいた。
それがドロドロと溶けていく姿は中々グロテスクだったが、それ以上に私は歓喜していた。
返事が返ってきた、私は今ここにいるんだ。
魚が溶けかけているからなんだ、食事なんだから仕方ないだろう。
異種族だからなんだ、その方が面白い話が聞けるかもしれない。
そして、私がここに存在しているという証明の前では全て些事だ。
だから、その時私はにっこり笑って言ったのだった。

「わあ、大っきい魚だねえ」

そして、ふと思った。
生物を容易く溶かしてしまう不定形の体、それを持つ生物を私は知っているな、と。