濁り水 (ページ5)

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「 ......別に、ないよ」

と言って笑顔を作る。

正直、自分でも泣いてることには驚いた。

普段から、

他人には涙を見せないようにしていたし、

自分が今、泣いているなんて気が付かなかった。

「でも、濁ってるよ」

と君は言った。

先程も、「目が濁っている」と言われたが、

なんのことかさっぱりだ。

「俺、わかるんだ」

「何かを背負っている人の目は、濁ってる」

ゆっくりと、そして丁寧に君は言う。

「だから朝日さんはきっと、何かを背負ってる」

「俺にはそう見えたよ」

隣に置かれた君のスケッチブックとペン。

こんな愚かな自分を見られたのが恥ずかしくて

君の顔を見られない。

「 ......今日はもう、帰ろうかな」

と君が言うのと同時に、シャッター音が鳴る。

慌てて音の方を向くと、

君が写真を撮ったようだ。

「え、何を撮ったの」

まさか、と私は思い、

君の手にあるカメラを奪い取った。

「撮らずにはいられなかった」

私が頬に涙の跡を作って

横を向いている写真だ。

そもそも君は、

一日に一枚しか撮らないのではなかったか。

「早く消してよね」

と言ってみるが、まるで効果はない。

私の手からカメラを取り、自分の首に下げた。

「ふふっ。怒った表情も撮りたいな」

と、まるで悪気がなさそうに言うので、

溜め息どころか、呆れて笑ってしまう。

「早く、帰ろ」

私はそそくさと鞄を肩にかけ、

来た道を走る。

後ろから、「あ、ちょっと待って」と言われるが、

私は気にも留めずに走る。

待ってと言われて待つのは

飼い慣らされた犬だけだ、と

昔、母が言っていた。

頬が緩む。

君と出会ってからは、いつもより楽しい。

「はやくー」

私の間延びした声に、君が笑う。

「朝日さんは本当に、朝日みたいに眩しい笑い方をするんだね」

と、別れ際に言われ、頬が紅くなった。

朝日みたいに紅い頬だ、

と揶揄されるのも覚悟していたが、

そうなることはなく、ホッとした。

その日の夜は、

ボブ・ディランを聴いて寝ることにした。

君のことを、また少し知れたような気がする。