濁り水 (ページ3)

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「作間くんはどうして越してきたの？」

校舎を出て、隣を歩く君に訊く。

「絵を描きたかった」

「都会でも絵なら描けるじゃん」

と言うと急に真面目な目でこちらを見つめ、

「俺はもう、あんな汚い場所は描かない」

と言った。

「東京は濁りすぎなんだ」

綺麗に通った君の鼻筋が見える。

切れ長な目は、真っ直ぐ前を見据えているようだ。

「確かに、そんな気がする」

これといって根拠はないが

以前、母が似たようなことを言っていた。

「東京は欲で溢れてる」

とかなんとか。

近くに、綺麗な夕陽の見える丘があった。

そこに君を招待するため、歩く。

しかし本当に君は、

絵を描くためだけにこの地へ来たのだろうか。

「あ、もう少しで着くよ」

考え事をしていたら、

丘へ続く道が見えてきた。

気付けば君は首から

小さなカメラを下げている。

「カメラ、好きなんだ？」

今日は質問をしてばかりだな、と思う。

いや、初対面なのだから仕方ない、とも思う。

「うん」

「あとで写真を見返して、その日にあったことを思い出したり想像したりするのが好きなんだ」

「どういうものを撮るの？」

「まあ、景色が多いかな」

と君は笑った。

丘へと続く道を登っている。

君は相変わらず涼しげな表情で言った。

「ボブ・ディランはさ、」

「俺の命みたいなもんだよ」

また、唐突に話す。

「そっか」

私はボブ・ディランについては

「風に吹かれて」くらいしか知らない。

ほとんど無知であるから、

頷いたりすることしかできない。

「そんなにボブ・ディランが好きなんだね」

君とは出会って一日も経っていないが、

私はもっと、君と話をしたいと思った。

「ここから見える景色はすごいんだよ」

「いつでもシャッターチャンス」

丘が見えてきたとき、私は言った。

「それはいい」

と言われ、照れ臭くなる。

でも実際に、ここから見える景色は美しいのだ。

都会のように喧騒もなければ、

背の高いビルもない。

かと言って寂しくもなく

鬱蒼としてもいない。

心が浄化されていくような、そんな景色だ。

いつだって私はここに来て、

一人で泣いたり、考え事をしたりしていた。

「綺麗、だ」

丘へ登った瞬間、君は言った。

シャッターを切った。