花 ページ2
「呪物の回収だって」
「そうですね、そもそもこんな山奥に…いや、ありそうだな」
補助監督に車を走らせ、遠くの山に霧がかかりそうな程深い田舎に訪れる。
がたがたと砂利で揺れる車内で、幽谷が吐き気を我慢する呼吸だけが聞こえた。
この緑を見ることは幽谷にはできなかった。
訪れた古い民家はじっとりとカビ臭く、耐えられない雰囲気で、伏黒は幽谷の唇にペットボトルを近付け、水を飲ませた。
それが少し気に入ったのか、3分に1度、水を口に含んで、伏黒に微笑みかける。
幽谷には初めての優しさであった。
「先輩、2階、ありますね」
「うん、ここの方が出口に近いから、来るまで待っていよう」
「呪物が歩いて来るっていうんですか」
その発言に幽谷は少し首を傾げた後、目元を押さえ、数秒の沈黙の後に階段の方に指を向けた。
「うん、来ている」
「…どうしますか、この状況」
階段の壁にぴったりとくっついた日本人形はゆっくりと微笑んで、ホホホ、と笑う。
どう考えてもイ行を発音する口からは、到底出ないような声だった。
「伏黒は怖い?あれが」
「まぁ、少し」
「しょうがないね、そういう術式を使っているから」
その後、彼女は何度かまばたきをして目の前の人形に指を向ける。
だんだんと彼女の呪力が人形の異様な術式を覆い、消した。
硬い顔の表面に罅が入り、笑い声が止む。
それで伏黒はようやく自分の恐怖が消えたことに気が付いた。
「怖くないよ、ただのぐちゃぐちゃの絵みたいだから」
彼女はしゃがみ込み、伏黒を手招きで呼んだ。
人形の破片をひとつひとつ拾って、布につつんでしまう。
欠片の裏側に書かれた呪詛からはもう、呪力も何も感じない。
ただ、無心でふたり、欠片を拾った。
少し寂しそうに拾い集める幽谷の顔を見て、伏黒は天涯孤独という言葉が脳裏によぎった。
そうして彼女の邪魔にならないよう、髪を耳にかけてやる。
何もないところをぺたぺたと触る彼女の指が、まるでパズルのピースを探す幼児のようで、拙く、あまりに幼いので、伏黒は目をそらした。
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