ep.31 ページ32
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すっかり外は夜。
月が遠くで光っていて、私はそれを指差して満月を二人で確認した。
「月の光やな」
「帰ったら弾きます」
過疎が進む、この海辺の町。
アパートも私達以外誰も住んでいない棟だから、安心して音を出せた。
元々、その叔父さんのホテルの寮だったそうだが、今はただ古く、白い集合住宅だ。
音楽教室の生徒たちの賑やかな話を聞きながら、私は国道を流れる車を眺めていた。
赤い車、青い車、黒い車、また黒い車。
私は手元のアイスティーを飲み、また顔をそちらに向けた。
………あれ、と思ったのはこの地域のある特性からだった。
ここは車社会、ましてやこんな時間に歩いている人なんて居ない。
なのに、その人は居った。
私は、予想できたのにしなかったこの事案に慌てふためき、思わず立ち上がり向かいの席に移動して、その肩に顔をうずめた。
「どうし…」
「……アーセナル」
「え…？」
アーセナルはこちらには気が付かず通り過ぎた。
「何で、今……」
「Aさん、話、した方がええんと違いますか」
「でも」
「きっと住所もばれてると思うし、いつまでも逃げられる訳ないの、Aさんの方が分かってるやろ」
「……」
「…僕、今日叔父さん所に泊めてもらうから、」
「……やけど」
「僕は……"どっち"でも、ええから」
私はその瞬間、この人をどれだけ大切に思っていたか気が付いた。
その幸せを壊すタイミングで、あの人が来てしまった。
何故。分からへん。
「行って」
その声を背にして、私は店を飛び出した。
真っ暗な国道沿いを、車のライトだけが次々に照らしていく。
波の音が遠くに聞こえる。
ああ、いつかとは違う夜。
私が愛したあの夜とは違う。
あの時も、あの時も、どんな時も、私はアーセナルを追いかけていた。
でも、違った。私はいつも隣に居った。
隣で時に銃を構え、時に見上げ、時に我儘を言った。
私が、追いかけていた。
今は違う。
夜の種類が違う。
私は物理的にアーセナルを追いかけている。
でも、概念的には私が追いかけられている。
アーセナルの眼が、初めて私を見ている。
頭が、初めて私だけを考えている。
どうして。どうしよう。
走っている、でも何をすればいいのか分からなかった。
私はここの何もかもを捨てたくない。
でも、走っている。
私はまた、追いかけている。
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作者名：ゆうみ | 作成日時：2020年8月22日 11時
