イロコイ・ライン 5th【ars K.N】 (ページ30)

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190.その時まで。ページ30

この最寄り駅からは私は一本で帰れるけど、先生は乗り換えなきゃいけないらしい。

家まで送る、って言われたけど明日もお互い仕事だし断った。
私が遠慮して言ってる訳じゃないのを、先生はすぐに感じ取ってくれたみたいでそれ以上は何も言わなかった。

きっと、こーゆー空気の読める所は大人だからなんだろうな...って思う。

電車の中、先生がこないだ買った本の話になった。

「お前、もう読んだ？」
「ううん、まだです」
「じゃあ、貸してやるよ。Aも絶対に好きだから」

やっぱり先生の呼ぶ『A』に、いちいちキュンとなる。

「日曜、花嵐堂に持ってくわ」
「ホント？ありがとうございます！」
「今度の日曜は何時まで？」
「21時です」
「じゃ、19時頃に行くから。一緒に帰ろ」
「...遅くなるのに、良いんですか？」

先生が、チラリと私を見た。

「日曜は仕事帰りのAを家まで送ってあげる。そーすれば、週に1度は必ず2人でドライブ出来るでしょ？」

口角が綺麗に上がる。

「私が...会いたいって、なかなか言えないから？」
「んー、まぁそれもあるっちゃあるけど」

終電まではまだ何本も残ってる平日の夜の電車。
そんなに乗客は多くない。

疲れた顔のサラリーマンが、斜め前で口を開けて寝てる。

「オレだって、Aに会いたいからね」

そんな電車の中で、私の周りだけお花畑になっちゃってるんじゃないかな...って、本気で思う。

「ねぇ、先せ...」
「ん？」
「あ、か...か、かずっ...」

わぁぁぁ、いざ呼ぼうと思ったら呼べない...！
心の中で『和也くん、和也くん』って練習して口を開くけど、上手く声にならない。

「無理しなくて良いよ」
「えっ...」
「言ったろ？オレと付き合う上で無理はするなって」
「だけど...先生って呼ぶ奴とは恋愛しないって...」

そんな風に思われるのは、もう嫌だ。

「結局、オレを先生って呼んでるAに恋愛感情を持ったのはオレ自身だからね」
「.....」
「何て呼ばれても、まぁ多少ワルイコトしてるよーな気分にはなってもね？Aへの気持ちはもう変わんないし」

LINEでも来たのか、先生はスマホを左手で操作しながら右手を私の頭に乗せた。

そして、スマホを鞄にポイッと入れると頭の上の右手でグシャグシャっと髪を撫でる。

「Aが呼びたくなる時まで待つよ」
「...良いの？」
「良いよ」
「.....先生」
「フフッ、うん。今はそれで良い」

先生が笑った時、彼が乗り換える駅に到着した。