イロコイ・ライン【ars K.N】 (ページ35)

今日:1 hit、昨日:16 hit、合計:2,716,208 hit

35.無かったんだ。ページ35

「今日は泣いても、子供だなんて言わねぇよ」

下から私を見上げる先生が、腕を伸ばして来て

私のオデコにピチンとデコピンした。

「いてっ...」
「だろうな」

もう一回、ピチンとデコピン。

そして、コロコロと滑って定位置に戻る。

涙で濡れたほっぺたを掌で拭いて、鼻をズズっと啜って顔を上げる。

「先生」
「はい、何ですか？」
「私、いっぱい傷付きました」
「......」
「先生のせいです」

私の言葉に、先生は何も言わない。

だけど、遮ろうともしない。

「先生のせいで、悲しかったし、苦しかったし、悔しかったし、いっぱい泣きました」
「うん」
「でも、泣いたら子供だって言われるから必死で我慢しようと思ったけど出来なくて...」
「うん」
「何かもう、息するのも...しんどかったです」

先生は、私から目を逸らさない。

「私は...先生が大嫌いです」

うん、って先生が頷く。

「......って、最後まで言えないのが悔しいです」

先生が立ち上がり、ギシ、っと椅子が音を立てた。

「...何で...先生なんですか...何で、こんなに歳上なんですか...何で...」

涙が止まらない。
もう、何度考えたか分からない『何で』に襲われて潰れそう。

そんな私に一歩、一歩、近付いてきた先生が

私の身体を、抱き締めた。

「......え...」
「ごめんな」
「せんせ...」
「オレが出来るのは、これが精一杯だ」

先生のジャケットからは、やっぱり煙草の匂い

それから、安っぽくない大人の香水の匂い。

「大学入ったら、オレなんかよりずっとイイオトコがいっぱい居るよ」

先生よりイイオトコなんて、居るはずが無い。

「これが本当の恋なんだなって、分かる日が来るから」

もう、そんなのとっくに分かってる。

「お前は、きっとイイオンナになる。安心して、大人になりなさい」

先生に見て貰えないなら、イイオンナになんかなれなくて良い。
先生の側に居れないなら、大人になっても意味が無い。

「先生は...やっぱり意地悪です...」
「...かもしれないな」
「本気だったのに...」
「それは勘違いだよ」
「...まだ言うんですか...」
「そう、思っておいた方が良いよ。きっと」

ポンポン、と私の背中を軽く叩いて

先生は腕の力を抜いて、私から離れた。

「卒業、おめでとう」

・

ねぇ、先生。

あの時の質問の答えは、やっぱり『先生』でしか無かったよ。

『好きなモンは、何ですか？』

他の答えなんか、本当は無かった。

無かったんだよ。