智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ46)

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●天使の誓約【A】←3.14 ページ46

大学講師に恋した学生の話なんて、きっとアンハッピーエンドだ。

桜咲く大学構内でその人を見掛けた時は、学生だと思った。
軽やかなベージュのスプリングコートを翻しながら、背中には黒いリュック。

降って来た桜の花びらが顔に当たり彼は、アハ、って笑った。

あの人は何を学んでるんだろう...と思いながら、穏やかそうな横顔を見送った。

だから本当に驚いた。
絵本作家になりたくて児童文学の講義をとっていた私は、そこに現れた講師に本当に驚いたんだ。

「初めまして！相葉雅紀です！」

笑って自己紹介をした彼は、桜に向かって笑顔を見せてたあの彼。

「この人が...？」

講師の『相葉先生』って人の著書は何冊か読んでたのに。
だからこそ、この人の講義を受けたいって思ったのに。
人物像は知らなかった。

教壇に立っててもその人はやっぱり学生みたいで、いっつも可愛い服を着てて。
学生に対してもフランクで、だけど講義は興味深い内容ばかり。
相葉先生が人気あるのは、当然だった。

だけど私は勉強しに来てるんだから。
恋をしに来てる訳じゃ無い。
絵本作家になる為の第一段階なんだ。

相葉先生にキャッキャしてる女生徒を斜めに見ながら、そんな事を思ってた。

あれは、夏休みに入るちょっと前。
蝉の声がうるさい日。

食堂でカツ丼を食べ終わった私は、そのままスケッチブックを開いて鉛筆で絵を描いていた。
昔から絵を描くのが好き。お話を妄想するのも好き。
だから絵本作家になりたい。
私の夢は小さな頃から変わらない。

「うわ、上手いね！」
「え？」

声に顔を上げると、隣に座った相葉先生が「俺、絵下手なんだよねー」って笑ってる。

「...好きなだけなんですけどね」
「好きって大切なエネルギーだけどね？」

そう言うと先生は水色のアイスキャンディーを咥えた。

何を話せば良いのか分からなくて、絵の続きを描く。
ガヤガヤと賑やかな食堂で、シャッシャと鉛筆の走る音。

「五十嵐さんって、いつも一生懸命だよね」
「え...？」
「講義も一生懸命聞いてくれてるし、絵も一生懸命描いてる感じ」
「そう、ですか...？」
「何か夢があるの？」

片手にアイスキャンディーを持ってる先生は、やっぱり周りに居る学生と変わらないのに。

「絵本作家に...」

私が言うと、先生は「素敵だね！」と目尻に皺を寄せた。

「俺、一生懸命な子好きだよ」

ハッピーな結末なんて、待ってないのに。

大学講師に恋した学生は、私だ。