智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ43)

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●不器用と嘘つきと【N】ページ43

「最悪だ...」

電車に乗ってる時から気付いてた。
窓に雨粒が当たり出していたこと。

でも朝の天気予報で夜から雨だなんて言ってた？
言ってたっけ？

私はどんどん本降りになって来る雨を駅前の屋根下で眺めていた。

チラっとちょっと先を見るとコンビニがある。
傘を買って帰るか...。600円、お弁当買えたなぁ...。

ハァ、と溜息をついて雨の中踏み出そうとしたら後ろから「おーい」と声を掛けられた。

「あ、カズ」
「今帰り？」
「うん。カズも？」
「見たら分かるでしょ？」

いやいや、アンタも同じ事訊いて来たでしょうが。

「雨ですなー」なんて空を見上げてるカズは、所謂『腐れ縁』の仲。
中学校で同じクラスになってから、高校も同じ、大学も学部は違うけど同じ。
就職でさすがに離れるかと思ったら、会社は別だけど一人暮らししてる家の最寄駅が同じ。

でも、これまで私達の間には何も無かった。
私もカズも、お互いに興味が無いと言うか...仲は良いけど、男として見るのはちょっと違うと言うか。
きっとカズも同じで、私を女として見た事なんか一度も無いと思う。
彼はいつだって、とっかえひっかえ可愛い彼女を連れていた。

「なに、A。もしかして傘持ってないの？」
「持ってないよー、だって天気予報では雨だなんて言ってなかったでしょ」
「言ってたわ。ところにより一時雨って」
「うそっ！」
「チャンネルによって予報が違うのかもねー」

ダハハッ！と笑ったカズは、鞄から折り畳み傘を出して開いた。

「入ってく？」
「え？」

カズが傘を私の方に傾ける。

「オレんちの方がお前んちより近いよね？」
「あー、うん」
「オレんちの方が家賃高いもんね」
「何の話よ」
「アハハッ！オレんち寄ったらビニール傘でも貸してやるよって話」

ほら、行くよ！って有無を言わさず歩き出したカズを追い掛けて

「失礼します」と、傘に入れて貰う。

ピチャンと足元で雨粒が跳ねる。

「お前らしくねぇな、遠慮すんなって」
「え？」
「そんな離れてたら濡れるでしょうよ」

カズが私の腕を引っ張った。

トン、と肩が当たる。

「...でもカズが濡れるじゃん」
「別に良いよ。今日は安モンのスーツだし」

折り畳み傘は小さくて、二人で入るにはちょっと無理があって

カズを見ると、彼の反対側の肩はほとんど傘に入って無かった。

「ありがと...」
「いえいえ」

...カズに触れてる方の体半分が、熱を持ってる事には気付きたくなかった。