智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ34)

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●PRODUCTION【M】ページ34

その人の辞書に『妥協』という文字は無い。

きっと『適当』とういう文字も無いし、『曖昧』という文字も無い。

全て、納得しないとそこから前には進まない。
その『拘り』を称賛する者もいれば、辟易してる者も居る。

「だからさぁ、何度言ったら分かんの？それじゃあ台詞だけが先走ってるって言ってんだよ」

その人は椅子に浅く腰掛け、長机に上半身を乗せるようにして座る。
視線は、目の前で演じてる役者達をジィっと睨みつけるようにして。

私は稽古場の端っこで、衣装の手直しをしていた。

公演は、もう一週間後だ。
今日は初めて衣装をつけてのお稽古。

私は最初から、その人に「スカートの裾、長すぎんだけど」と睨まれた。

そんな大きな劇団では無い。
だけど、小劇団の中では有名になって来ている。
使わせて貰う劇場も、大きくなって来た。
雑誌に取り上げられる事も増えた。

この劇団『A』で、私は衣装を担当している。

服飾専門学校へはデザイナーになりたくて通っていたけど就職は難しくて、アパレルに入社は出来たけど販売に配属された。
それはそれで楽しかったんだけど、やっぱり服が作りたくて。

そんな時にショップで仲良くなったお客様がAの俳優さんで、是非公演を観に来て欲しいとチケットを貰った。

初めて舞台を観劇して、こんな世界があったのか...と感動した。
だけど、それ以上に私ならもっとこんな衣装にしたいのに！とか、その袖の長さが中途半端！とかそっちが気になって気になって。

公演後、ロビーに出て来ていた俳優さんに誰が劇団代表の方かを訊いた。
教えられたのは、お客さん達に挨拶している男性。

その人の元に行き、「面白かったです」と伝えると「ありがとうございました」と微笑まれる。

「あの...」
「はい」
「この劇団の衣装は、どうされてるんですか？」
「え？」
「専属の衣装作成の方がいらっしゃるんですか？」

完全に観劇後のテンションと勢いだった。

「いや...借り物なんだけど..」
「だったら、私を衣装担当にして貰えませんか！？」
「えっ！？」
「私、作れます。きっと、貴方が思ってる衣装を作る事が出来ます」

彼は驚いた顔を見せた数秒後、私を真っ直ぐ見て頷く。

「じゃあ、今日の主演にどんな衣装が相応しかったか。デザイン画を持って来て貰える？期限は...そうだな、一週間後」

そんなの、もう頭の中に出来上がっていた。

私が「明日にでも、お見せできます」と言うと、彼は口の端を持ち上げた。