智あり雅やかな君に、潤い和み我も翔ぶ。【ars短編集】 (ページ19)

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●切れない髪と、【N】ページ19

長い髪が好きだと言った。

女の子らしいね、って。
私の髪に触れて、笑った。

私が髪を切れなくなったのは、あの日から。

彼に好きだと言われた長い髪は、もう三年も切れないまま。

「和也が出張に行ってたお土産、Aにもどうぞって」
「あ、そうなの？ありがとーって伝えといてね」
「そんなの直接言ったら良いのに。LINE、知ってるでしょ？」
「知ってるけど、友達の彼氏と連絡とるのはねぇ...」

軽く笑いながら、お土産だというキャンディーが入った可愛い袋をザラザラと揉むように触る。

「別にAなら気にしないのに。あ、そうだ。和也がAに紹介出来そうなヤツが居るって言ってたよ！」
「え！本当に？もう私も、そろそろ彼氏欲しいよー」

友達のユウと向かい合わせで座る、日曜のカフェ。
飲み終わったカフェオレのグラスに入ってる氷を、ストローでグルグルと回す。

彼氏が欲しいのは、嘘じゃ無い。
でも、紹介はして欲しくない。

「でもA、前に告白されてたよね。会社の先輩に」
「あー...」
「何でダメだったの？」
「...タイプじゃなかった、かな？アハッ」
「理想がチョモランマだね！」

ユウが、天真爛漫に笑う。
本当に可愛い。

中学の頃から友達のユウは、いつだって笑顔で元気な子だった。
大人になっても、その溌剌とした雰囲気は変わらない。
本当に...可愛い。

「あ、そうだ！今日、和也もお昼から暇だって言ってたはず」
「...え？」
「呼ぼっか。私が連れ出さなかったら、どうせ引きこもってる人だし！」

アハハー！って笑いながら、ユウはスマホをタップして耳に当てた。

心臓が、キリキリと痛み始める。
痛くて、ソっと胸を押さえる。

「もしもし、和也？暇だよね？...え？アハハッ、うん。うん。あー、そうなの？」

ユウが、チラっと私を見て「イケル」って口パク。

「今ね、Aとストームカフェに居るんだけど和也も来ない？」

押さえてても、胸の痛みが消える事なんか無い。
もう、無駄な抵抗はやめて胸から手を離しテーブルの上でキュっと両手を組んだ。

「うん、分かったー。待ってるね」

電話を切ったユウが、「来るって！」って笑う。

「私、邪魔でしょ？」
「邪魔だと思うなら、そもそも和也呼ばないって」
「......」
「あ、和也が邪魔！？やっぱ来なくて良いって言おうか！」

慌ててまたスマホを手にしたユウの腕を「違う違う！」って笑いながら押さえる。

私の胸の痛みは、少しだけ喜び始めていた。