40話 ページ8
哲学とは、云わば人間の深層を覗くものだと、嘗て太宰はそう評していた。人間という不可解な生き物に真剣に向き合い、答えなど出るはずのない問いに答えを出そうとした哲学者。生きるとは何か、人間とは何かと、必死に考え続けた彼らは、人間達の姿を時に予言し、時に嘆き、時に称賛した。太宰の脳には、そんな先人達の教えが詰まっていた。そのことが、Aには不思議で堪らなかった。
誰よりも死を渇望する男が、生に近い哲学を学んでいる。
どうして、と、太宰と出会ったばかりの頃、Aは一度聞いたことがある。
どうして、貴方はそんなに死にたいの、と。何も知らない、無邪気を装った笑顔を貼り付けて。この男にそれが通用しないことを知りながら、敢えて三流演技をして。けれど、瞳だけは真剣に太宰を見つめて、Aは太宰の返事を待った。何気ないように聞いていて、でも心はどこか本気でその答えを待っていた。
それに対する太宰の答えは、沈黙だった。そして、おまけのように一つの笑みがついてきた。Aがしたような、Aが一番嫌いな、薄っぺらい笑み。片方だけ見える鳶色の瞳はどこまでも黒く濁っていて、何を考えているのかちっとも分からなかった。その目に映る自分の姿があまりにも馬鹿馬鹿しくなって、Aは堪らず目を逸らした。
Aは、自身の作戦が失敗したことを悟った。太宰は、理由を教えてはくれなかった。
あの時は未だ子供だったのだ、とAは思う。おふざけという体で聞けば、おふざけで返されるということすら、当時の自分は理解していなかったのだ。偽りの世界に身を委ね過ぎた結果、嘘は哀しいくらいに自分を裏切ったというのに、それでもなお嘘を吐いて、そして嘘を吐かれたことにAは大層傷ついた。何故あれ程まで傷ついたのか、Aにも不思議だった。
その日から暫く太宰を避け続け、不貞腐れていたAに、太宰が押しつけてきたのは哲学の本だった。読め、と命じられ、厭々ながらも読み始めたそれは、太宰が渡してきたとは思えない程、人間賛歌を謳った書物だった。読み終わると、太宰は別の本を渡してきた。今度は幸福についてのものだった。その後も、様々な哲学書を読まされた。本を返すと、必ず次が待っている。始めは堅苦しい文章だらけで厭だったものの、やがていつの間にか自分から本を求めるようになった。
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麗(プロフ) - 続きを楽しみにしてます！！ (2021年5月22日 17時) (
レス) id: 411fa15fdd (このIDを非表示/違反報告)
りか（かりんとう）(プロフ) - わー！！！！！更新されている……めちゃめちゃ嬉しい、、、、、これからも応援しています！！！ (2020年4月30日 22時) (レス) id: f31ecb66db (このIDを非表示/違反報告)
こよひ(プロフ) - りか（かりんとう）さん» 遅くなってしまって申し訳ありません。お読みいただき本当にありがとうございます。私事なのですが、来年受験のためしばらく更新をするのは厳しいかもしれません。気長にお待ちいただければ幸いです。 (2020年1月21日 15時) (レス) id: 38c890fd29 (このIDを非表示/違反報告)
りか（かりんとう）(プロフ) - とても面白いです！！続きがとても楽しみです。更新まってます……！！ (2020年1月2日 23時) (レス) id: f31ecb66db (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：こよひ | 作成日時：2019年5月2日 23時
