第八話『僕と君の話』(玉森くん) ページ40
あの日から、俺は随分しっかり者になってしまった。
栗原に頼ることなく仕事をこなしている自分に、俺が一番驚いている。
仕事のことで話すことはあるけど、それ以外の話は不自然なくらい全然しない。
そうやって何となく誤魔化していけば、1年、5年、10年って、時間は容赦なく経過して行って、きっと心の奥底で疼いているこの気持ちも風化していくに違いない。
「あ・・・飛行機雲」
もうすっかり暗くなった夜の空に、ぼんやりと飛行機雲が浮かんでいる。
「夜でも見えるんだ」
手を伸ばしても、掴めない。
飛行機雲も、栗原も。
あの夏の日の教室で、栗原はあんなに近くにいたのに。
「・・ただいま」
全ての気持ちを押し込めて、玄関のドアを開ける。
「沙弥?いるの?」
部屋の電気はついているのに、沙弥は返事をしない。
不審に思いながらリビングに入ると、沙弥はソファに座っていた。
「何だ、いるじゃん。ただいま」
「・・・」
「沙弥?」
沙弥は返事をしないまま、何かを凝視している。
「何見てるの?」
そう尋ねると、沙弥はようやく顔を上げた。
「裕太の卒業アルバム」
「また?この前見たって言ってなかった?」
「この前見たのは、個人写真だけだもん」
「個人写真しか写ってないって。俺、そういうのに写るタイプじゃなかったし」
「写ってたよ?」
「え?」
「ほら、ここ。体育祭のページ。女の子と手を繋いで走ってるの、裕太だよね?」
お互い、黄色いハチマキを巻いて、恥ずかしそうに手を繋いで走っている写真。
「この女の子、栗原さん?」
“栗原さんを貸して?”
群衆の中の彼女にそう言って、強引に腕を掴んだ。
「どうして手を繋いでるの?これ、何の競技?」
「・・・・・借り物競走」
「借り物競走?何て書いてあったの?」
あの時、自分の気持ちは不確かで、不鮮明だった。
気持ちの核心を探すことすらしなかったのは、自分に自信がなかったからなのかな。
借りてくるものが書かれた紙は、無くしたと嘘をついた。
どうしてそんな嘘をついたのか、今ならわかる。
「裕太?聞いてる?借り物競走の時、何て書いてあったの?」
「・・・・・・・いちばん大切なもの」
君に、恋をすることが怖かった。
自分のことすらいい加減だった俺に、君を大切にできる自信なんて、少しもなかったから。
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マキ(プロフ) - かのんさん» うわーん( ;∀;)嬉しいです!ありふれたありきたりな話しか書けませんが、好きだと言ってもらえてすごーーく嬉しいです(*^^*) (2021年4月17日 13時) (レス) id: 50fef8eb31 (このIDを非表示/違反報告)
かのん(プロフ) - もう、本当に本当に大好きです!マキさんの作品、本当に大好きです!! (2021年4月16日 19時) (レス) id: 46e739e0e0 (このIDを非表示/違反報告)
マキ(プロフ) - eiennianatadakeさん» 最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)私の書いたもので少しでも心が温まってくださったのなら、こんなに嬉しいことはありません(*^^*) (2021年4月15日 16時) (レス) id: 50fef8eb31 (このIDを非表示/違反報告)
eiennianatadake(プロフ) - とても心が温かくなるようなお話でした!展開にハラハラしたり泣けちゃったり次回のお話も楽しみにしています! (2021年3月4日 3時) (レス) id: 69ceef1236 (このIDを非表示/違反報告)
マキ(プロフ) - umiさん» このお話を好きになっていただけて嬉しいです!玉森くんのドラマが始まる前に書き終えたんですが、もうドラマも終盤ですね!時間が経つのが早くてびっくりしてます笑! (2021年3月3日 0時) (レス) id: 50fef8eb31 (このIDを非表示/違反報告)
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