それぞれの道

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「…A？」



万次郎の呼びかけに、彼女が答えることはもうない。
薄く開いたカラメル色の瞳が光を失って、虚ろな雰囲気を漂わせている。いつの間にか、どくどくと流れていた血も、赤黒く変色し、固まっていて。



「A、A、」

ほっそりした体をかき抱けば、もうすでに、冷たくなり始めていて。




―――最後の最期まで、彼女は笑顔だった。
本当は、悶え苦しむほど痛かったはずなのに。万次郎に、気負わせないために。




自分のことなど、何とも思っていないのだと、そう思っていた。
Aは優しいから、こんな自分でもずっと傍にいてくれたのだと、勘違いしていた。



―――『愛してる』



彼女の優しい瞳が、甘い声が、その佇まいが、真摯なまでの『本当』を肯定していたから。
最期のAの言葉は決して噓ではなかったのだと、Aのすべてが教えてくれる。



そのことを認識し、溢れ出る涙をそのままに、万次郎は彼女のひんやりした手のひらにそっと自分の手を重ねる。指を、絡め合わせる。


細く、柔らかい手。白魚のように繊細な指と桜色の爪。この手が狂おしいまでに欲しくて、愛おしかった。流れるように唇を重ねれば、まだほんの僅かに熱が残っていて。その熱の余韻をどこにも逃がさないように深く口づけた後、ゆっくりと離して、



「………タケミっちに、会うんだ。約束の、場所で」

「――――」


自分の言葉に、Aは何も返さない。返せるわけがない。それでも、万次郎は語り続ける。



「そうしたら、すぐに俺もそっちに逝くから。――お前に、会いに行くから」


動かない体を壊れるほどきつく抱きしめて、また、涙をこぼす。


「………でも、無理だよな。俺みたいな極悪人が、天使みたいに優しいオマエと、一緒のところに行けるわけ、ないよな。―――それとも、お前は優しいから、俺と一緒に地獄に落ちてくれんのか？」



きっとそうだと思った。都合のいい考えだ。それでも、もしそうなのだとしたら、死ぬことは決して苦痛ではない。








「―――A。お前を…この世で一番、愛してる」


心の底からの本音。薄く開いた彼女の瞼をそっと閉じさせて、ベッドに横たえる。
美しい彼女の体が腐敗し始める前に、この手で燃やしてしまおうと、そう思った。

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