44 JH side ページ44
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Aの家に戻ると、どこか重い空気が漂っていた。
ソファに座るAは、俺の顔を見た瞬間、ほんの少しだけ息を詰まらせた。けれど、何も言わない。ただ静かに、俺を見つめるだけ。
「終わったよ。」
そう告げると、Aのまつげがかすかに揺れた。
『ユナさんとは...』
「なしになった。」
短く答えたけれど、Aの表情は変わらなかった。いや、それどころか、ほんのわずかに暗くなった気がする。
『でも……きっと、また婚約者を探してくるよね。』
小さな声だった。それでも、その言葉の中にある諦めは、はっきりと伝わってきた。
『次は誰? もっと条件のいい相手? それとも、もう強引に決められる?』
Aは淡々と呟く。
俺がいない間、ずっと考えていたんだろう。俺の意思なんて関係なく、また新しい婚約話が持ち上がる未来を。
「……駆け落ちする?」
軽く言ったつもりだった。けれど、Aは驚きもせず、ただゆっくりと首を振った。
『...それはダメだよ。』
「なんで?」
『逃げたら、何も変わらないから。』
Aの声は静かだった。俺を見つめる目は揺るがない。
——ああ、そうか。
俺はずっと逃げてばかりだった。親の期待からも、財閥のしがらみからも。適当に流して、適当にかわして、ずっとまともに向き合おうとしなかった。
でも。
もう、そんなことをしていられる状況じゃない。
Aがこのまま不安を抱え続けるなら、未来に怯え続けるなら、俺たちの関係はずっと宙ぶらりんのままだ。
俺は——Aを、こんな顔をさせるために一緒にいるんじゃない。
……母親に会いに行くしかないのか、
行きたくなんてない。顔も見たくない。でも、もうこれしかない。
俺たちの未来のために
何も言わず、俺はただAの横顔を見つめた。
そして、静かに目を閉じる。
——決めた。

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作者名:黒猫アイランド | 作成日時:2025年1月15日 12時