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「あ」
『これ、返します』
差し出された紙袋に、彼は困ったように微笑む。
「気に入りませんでしたか？」
『いえ、そうじゃなくて...』
「じゃあ、よかったです」
ちゃんと断ろうと思ってたのになんで、この人の前だと、
『あの、ホン・ジスさん』
「はい？」
『どうして、私に...』
その時、廊下に人影が見える。
昼休み終わりの社員たちだ。
気まずそうに会釈して立ち去ろうとする私を、彼が静かに呼び止めた。
「今度、お時間もらえませんか？」
振り返ると、いつもの柔らかな笑顔はなく、
真剣な眼差しで私を見つめていた。
「お話ししたいことがあるんです」
「できれば、今週の金曜日、仕事終わりに。あ、その前に...」
少し言葉を途切れさせ、
「連絡先、交換していただけませんか？」
『え？あ、はい...今メールアドレスを...』
「LINEの方が、！直接お話できるので」
一歩、私の方に近づく。
『でも、仕事のことなら...』
「仕事以外のことも、お話ししたくて」
その真摯な眼差しに、否定の言葉が飲み込まれる。
また人影が近づいてくる気配に、
ため息まじりに、スマートフォンを取り出す。
『...分かりました』
QRコードを交換する手が、少し震える。
スマートフォンの画面に、相手の表示名が映った。
「あ...Aさん」
その声に顔を上げると、彼は優しく微笑んでいた。
「素敵なお名前ですね」
初めて名前を呼ばれて、思わず目を見合わせる。
「Aさん」
もう一度、柔らかく繰り返される声に、どきりとする。
「ありがとうございます。じゃあ、金曜日のこと、連絡します」
『...考えておきます』
その瞬間、誰かの足音が近づいてくる。
「待ってます」
立ち去ろうとする私の背中に、彼の静かな声が追いかける。
振り向きかけた時、彼の表情が目に入った。
どこか揺るぎない、
でも優しさに満ちた眼差し。
何を話すつもりなんだろう
席に戻りながら、首から下げたIDカードを無意識に握りしめる。
会わない方がいい。
そう思っているはずなのに。
どうして、
この胸の高鳴りは止まらないのだろう。
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作者名：黒猫アイランド | 作成日時：2025年1月11日 19時
