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「俺の何が分かんの、Aちゃん」
「……何も。何も分からない、ごめん」
「の割に、答えがほしくてたまんないって顔してたけど」
「好奇心で聞いたわけではないの。無神経でごめんなさい。ただ、田中くんが心配で」
ぎゅっと握りしめたスカートの裾。いっそ皺になってしまっても構わない。
私の声にゆっくりと田中くんは振り返る。
とっくに次の授業は始まってしまっているのに、はらりと田中くんの長めの前髪が目に掛かり表情が見えなくなる。
張りつめていた空気が、弦を弾くみたいにピンとした。
「心配、ね」
「……田中くん?」
ゆっくりと田中くんは私に近づいて、私の後ろにある美術室の扉を閉める。
どうして閉めたのか分からないま田中くんを見ていると、前髪から覗かせた田中くんの目に、ぎらりと光る何かが見えた気がしてぞくりとした。
それがまるで合図だったかのように、気づいた時にはもう私の目の前には田中くんの長い睫毛がそこにあった。
唇に柔らかい何かが触れている。
理解するのに数秒を要したせいで目を開けたままの私に気づいたのか、至近距離で田中くんと目が合う。
「本当はこうして欲しかったんじゃないの」
田中くんは意味の分からない台詞を言った後、またすぐに唇を重ねてきた。
驚いて声を上げようとしたのに、それを待ってたみたいにひんやりとした冷たい何かが入ってくる。身体中から酸素を奪い取られるような感覚と、慣れた手つきでリボンを外して制服の中に入ってきた手ですぐに外れた下着のホック。びくりと身体を跳ね上げて押し返そうとすると、それよりも強い力で抱きしめられて抵抗が出来ない。
違う、と思った。
無意識に頬を伝った涙に気づいたのか、田中くんはハッとして私の身体を離す。
「………ごめん、俺……」
ーー 綺麗だよ
どうして今、田中くんに言われた言葉をまた思い出したんだろう。
田中くんはひどく傷ついてしまったような横顔を見せていて、いたたまれなくなって美術室を逃げるようにして飛び出していく。
「Aちゃん!」
名前を呼ばれて、一度は立ち止まった。
それでも今は引き返す勇気がなくて、田中くんを振り返らずに廊下を走る。
『廊下は走らないこと』
そんなルールさえ今は知らないし知りたくない。
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作者名:りく | 作成日時:2021年9月24日 17時