捨てられる夢になりたかった _kwmr ページ9
好きな子とはベクトルが違うし、推しと呼ぶほどの熱量はない。でも、高校在学中よく彼女のことは気にしていた。
気になっていたのでも気にかけていたのでもない。本当に一方的に気にしていたのだ。気にして、よく見て、よく聞いていた。
「河村、同窓会来てるの初めて見たかも」
同窓会でAがみんなと同じ通りに振る舞っていることが、残念で仕方ない。彼女がどう生きてきたのか気になって今日この場に来たというのに。心の中にもやもやが溜まっていく。もちろん、彼女のせいじゃない。自分のせいだ。
勝手にある種期待のようなものを抱くことすら、ただただ失礼でしかないのに、それを勝手に惜しく思うなんて最低だ。
「ん、気が向いたから初めて来た」
「そっか、なんか懐かしいな」
それでも、君が君のまま、のびのび生きる世界がよかった。って、そう思ってしまうのだ。
高校時代、Aを特別な存在だと感じていた人は多くないだろう。高校時代と比べて、今の彼女は変わってしまったと評価する人間なんて、きっと僕くらいだ。
きっとあの狭い世界で僕だけがたったひとり、彼女の擬態を見破れていたのだ。
見破ると言ったって、包まれた真実までは辿り着かなかった。たぶん、大したことがないものだろう。それこそ、ドーナツの穴みたいに空っぽかもしれない。でも、そんなの本当にどうでもよくって。
みんなと馴染んで、みんなと同じように唇を染めて、プリクラを撮って決して影を見せず笑い続ける彼女が、何かを隠しているという事実に勝手に興奮していたのだろうと思う。
「A、さん」
この先続くのは、擬態が更に上手くなった彼女の物語かもしれないし、観察眼が衰えた僕の物語かもしれない。本当に変わってしまった彼女が存在することだってありえるだろう。それこそ最初からそこには何もなくって、ただ僕が勘違いを重ねていただけ、というのもありえてしまう。
でも、どれが真実でも、どれが悪でも、関係ないのだろう。
「えっと……河村くん？」
僕は、物語が進むことなんて望まないから。
「なんでもないや、ごめん」
強いて言うのなら、僕は君に捨てられる夢になりたかったな。
そう考えるのはきっとあの頃から変われない僕のエゴで、それを口にも顔にも出せないのはきっとあの頃から変わってしまった僕が捨てた夢を拾おうとできないからだ。
謎は謎のままが美しい、きっと今のような状況で吐くべきセリフだろう。
『捨てられる夢になりたかった』end
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作者名：ぶっく。
| 作者ホームページ：
作成日時：2020年12月29日 21時
