きっと、間違いだらけの迷惑者 ページ19
「これで大丈夫ですか」
わたしがバインダーを差し出すと、彼は考えごとをしている最中のような曖昧な笑顔を向けてきた。これ目当てでここまで来たはずなのに、意識はそこに向いていないように思えた。不思議に思いながら、そろりと中身を確認し始めた彼を見つめる。
「……はい、これです。ありがとうございます」
「それじゃあ、お仕事頑張ってください」
無意識的に片足が後ろへと動いたのか、踵が伊沢くんの荷物にぶつかる。山本さんは、視線をあちこちへと移動させていて、気付いていないようだけど。
「その、伝言を預かっていて」
至極言いづらそうに、口を開いた。
「伊沢が、お礼がしたいのでLINEを無視しないでほしい、と」
「え」
驚きで漏れたその一文字を、目の前の彼は薄く見つめていた。
……なんてことを頼んでいるんだろう、アイツは。そもそもわざわざ資料を取りに来させた時点で、CEOの元カノの家に来させられた時点で山本さんは可哀想なのに、そんな言い難いことまで。
「……っはい、わかりました。わざわざそんなことまでごめんなさい。ありがとうございます」
でも、嫌じゃないのだ。どこにもいけないんだと思っていた自分の道が、確かに彼のほうへと拓けた。その事実が、口角が上がってしまいそうなほど。
かつての伊沢くんが置いていった荷物を運んで、また同じ場所へと戻した。山本さんの言伝によれば、そのうち食事の誘いのLINEが届く。これらを渡すチャンスだってきっとあるはずだ。それでも、元の通り奥へとしまい込んでおいた。
『山本さんがバインダー取りに来たよ』
『わざわざありがとう』
山本さんを送り込んだのも、オフィスで迎え入れるのもきっと彼なのに、伝えなくてもいいことをわざわざ伝えてしまう。
自分がちょっと浮かれてしまっているのがわかる。こんな気持ちは正しいのか間違っているのか、彼にとって迷惑なのかそうじゃないのか、なにひとつわからないけれど、わたしは彼からのメッセージをソワソワして待った。
『返事遅くなってごめん』
『本当にありがとう』
しかし。
『めっちゃ助かった』
そのメッセージが届いたのは次の次の、そのまた次の日の早朝だった。
ああそうだ、そうじゃん。伊沢くんはこういう人だった。既読をつけるのも返信をするのも遅くって、いつだってわたしは不安を抱いていた。
直接、彼の声で聞くつもりだったお礼の言葉が届いているけれど、どうしてかあんまり嬉しくなかった。断り続けても一方的に届くLINEも、気まぐれだったのかもしれない。今まで、本気にしなくて救われていたのかもしれない。
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ウィンターくん(プロフ) - 更新うれしいです!ありがとうございます。ここのとこ2話で話がぐっと進んでますね…! (2021年4月12日 8時) (レス) id: 6c1e210fc5 (このIDを非表示/違反報告)
ぴの。(プロフ) - 初コメントです多分。あまりにも世界観に引き込まれすぎました。ここまで読んで続き!もっと読みたい!早く!ってなりました。読者側がこんなことを言うのも烏滸がましいのですが、文才溢れすぎてもう天才的で他のも読んだことあるのですが全て面白かったです。 (2021年4月10日 21時) (レス) id: 6d66e5d0a1 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ウィンターくんさん» ウィンターくんさんいつもコメントありがとうございます!これからも頑張りますので、よろしくお願いします(^^) (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ゆゆこさん» ゆゆこさん、コメントありがとうございます。楽しみにして何度も読み直していただけたとのことで、とても嬉しいです( ; ; )これからはもうすこし更新頻度を上げたいと思ってます!これからもどうかふたりを見守っていてください!! (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ウィンターくん(プロフ) - 更新嬉しいです。ご無理なさらず、でもこっそり続きをお待ちしています。 (2021年4月2日 19時) (レス) id: 0f9ee489eb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぶっく。 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年8月10日 23時