時に任せて心地よい渇きで ページ15
ここ1ヶ月、わたしは日常のふとしたタイミングで彼を思い出さないよう、必死だった。
思い出しかけたのを塗り潰してくしゃりと握り込める瞬間、毎回、辛い想いが滲んでくる。……本当ならばこの気持ちは別れてすぐに味わう予定だったんだ。それを先延ばしにしたのはわたしだ。こんな痛みくらいは飲み込まなくてはならない。
相変わらず、好きの気持ちが消える気配はない。しかし、きっとこの先、膨らむきっかけも訪れないだろうから。勝手気ままに流れる時間がいつか解決してくれるのだ。
「そういえばあの人とどうなった?」
名前なんて出されなくっても、弟の言葉の主語は特定できた。
「どうもなってないよ」
わたしは表情筋を精一杯殺して答えた。どうもなってないし、興味無いし、どうにかなりたいわけでもないし、……そんな気持ちを無理やりつくって、嘘で固めた表情で。
「あっちは姉ちゃんのことどう思ってんのかな」
わたしはやり過ごせたと思ったのに、話は続いているようだ。返答なんて用意していなくて言葉に詰まる。ああ、はやく。はやく、この話題を終わらせなくては。
適当に流して、興味が無さそうに、食いつかないように。
「どうも思ってないんじゃないの」
できるだけ、表情筋を殺したままで。
「いやいや、あの電話はどうも思ってない人の対応じゃないでしょ。ちょう怖かったよ」
「怖かったもなにも、アンタが一方的に怒ってただけで伊沢くんはなにも言ってないでしょ」
そう、あのときは弟が失礼なこと言って、伊沢くんに勘違いをさせてしまっただけ。伊沢くんは弟が怖くて震えたって笑っていた。
「いや、“は?誰すか”って言われたよ。声めっちゃ低くてテレビで見んのとギャップやばかったからね、まじで」
「うそ」
「ホントだって!」
まあ、よく考えれば、スピーカーの設定もせず普通に電話を繋いでいるだけだったから、相手……伊沢くんの声はわたしにまで聞こえてこなかった。弟の言うことも、ありえない話じゃない。信じ難い内容ではあれども。
「なんとも思ってないのにあんな態度ならそれこそかなりヤバイと思うけど」
わたしの返事や相槌がないのを気にせずに話し続けた。レスポンスを求められないのは有難かったけれど、
「それに、わけもなく敵作るタイプじゃないでしょ、伊沢サンって」
喉がからっと渇いた。
緊張感が高まったときに感じるアレだ。その感覚が段々と膨らんでいって、声を出そうとしても空回ってしまう。すかっ、と掴めずに逃してしまう感じで、もどかしい。
でも、不思議と辛くはない。
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ウィンターくん(プロフ) - 更新うれしいです!ありがとうございます。ここのとこ2話で話がぐっと進んでますね…! (2021年4月12日 8時) (レス) id: 6c1e210fc5 (このIDを非表示/違反報告)
ぴの。(プロフ) - 初コメントです多分。あまりにも世界観に引き込まれすぎました。ここまで読んで続き!もっと読みたい!早く!ってなりました。読者側がこんなことを言うのも烏滸がましいのですが、文才溢れすぎてもう天才的で他のも読んだことあるのですが全て面白かったです。 (2021年4月10日 21時) (レス) id: 6d66e5d0a1 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ウィンターくんさん» ウィンターくんさんいつもコメントありがとうございます!これからも頑張りますので、よろしくお願いします(^^) (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ぶっく。(プロフ) - ゆゆこさん» ゆゆこさん、コメントありがとうございます。楽しみにして何度も読み直していただけたとのことで、とても嬉しいです( ; ; )これからはもうすこし更新頻度を上げたいと思ってます!これからもどうかふたりを見守っていてください!! (2021年4月9日 22時) (レス) id: bcbdfee6f7 (このIDを非表示/違反報告)
ウィンターくん(プロフ) - 更新嬉しいです。ご無理なさらず、でもこっそり続きをお待ちしています。 (2021年4月2日 19時) (レス) id: 0f9ee489eb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぶっく。 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年8月10日 23時