「目を呑む」 (ページ4)

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その試合もその次の試合も見た。日も暮れてきて全ての試合が終わり、グラウンドの整備が始まる。それでも㉔はグラウンドを見ていた。

「なにしてんの」

大きなブラシと木の道具で、足跡がどんどんなくなっていく。試合の痕跡をリセットしていくように見えて、少し悲しくなる。

「ねえってば」

そういえば、母親と弟はどこへ行ったのだろうか。2人で帰ってしまったのだろうか。来る途中で小学校が見えたから、通学路まで行けたら帰ることはできそうだ。

「ちょっと、聞いてんの？」

「んは！？」

肩をぐっと掴まれ、驚いてばっと振り向く。するとそこには、先程のピッチャーが立っていた。

バチッと、目が合う。その瞳はさっき見た時よりもずっと近くにあって、夕日に照らされて先程とはまた違う輝きがあった。金色というよりは、はちみつ色というような透き通った色。

㉔は彼女の目を－－－呑んだ。

「だれかの兄弟？もうみんな帰ったよ。」

「そっかー。じゃあ歩いて帰るよ！ありがとう！」

ピッチャーに礼を言い、帰ることにした。学校はどっち側にあっただろうか。日が完全に沈むまでには帰りたい。

「ちょっと待って。おかあさんが車で送ってくれるからいっしょに帰ろう？」

「いや、大丈夫だよ。自分で帰るから。」

「ねえ、梛(なぎ)だよね？」

㉔の名前を呼ばれる。何故知っているんだろう、という疑問がぐるぐると頭の中を巡る。

以前会ったことがあっただろうか？クラスメイト？それとも親戚？それはないか、こんなに綺麗な人を㉔は見たことがない。

「ええっと、なんだろう、その、」

「ほら、行こう。はやく。だめだったら凪のおかあさん探すから。」

返事をする間もなく、手を引かれて走る。

空は黄昏色に輝いていて、まっすぐな地平線の彼方まで続く。試合の痕跡がリセットされたグラウンドを横目に、走る。走る。走る。

この世界で2人きりのような、そんな感覚がした。

その後のことははっきりと覚えていない。母親を見つけたのか、それとも彼女－－榎本藍利(えのもとあいり)の母親を見つけたのか。

この出会いをきっかけに、㉔はバスケをやめ、前々から幼馴染に誘われていたという理由もあり野球チームに入り、小学校の残り2年半を野球に捧げた。