PARACAGE 3rd【ars】 (ページ1)

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71.彼のコト。ページ1

その人が部屋へ入って行く瞬間、彼女の纏ったシャツの右肩甲骨辺りに施されてる赤い花の刺繍が目に入った。

私、そのシャツ知ってる。

数日前に雅紀くんが着てて「格好良い！」って言っちゃったシャツだ。
彼も「格好良いでしょ？お気に入り！」って笑って言ってたんだ。

お気に入り...って...。

「おはよ...お前、何廊下の真ん中で突っ立ってんだよ」

振り返ると部屋から出て来た眼鏡な潤くんが「邪魔邪魔」って言って、私の両肩に手を乗せ押しながら歩き出した。

二人で鶯色のドアの前を通り過ぎる瞬間

その部屋の中から女性の笑い声が聴こえた。
大きな声じゃなくって、押さえた小さな笑い声。

その後、雅紀くんの声も聴こえた。
何を言ってるのかまでは分からないけど、間違い無く彼の声。

思わず、ドアの方を見てしまう。

「連れ込んでんな、アイツ」
「え...？」
「ここ、入居者以外を入れるなって規則は無いから」

潤くんがそう話しながら、また私の両肩を押して廊下を進み階段を降りた。

ダイニングに入ると、縁側の向こうの庭で翔さんが洗濯物を干していた。

「あ、おはよ。翔さん、今日お休み？」
「おはよう。うん、今日は父さんがあっちに居る」

桜香寺は二人のお坊さんが居るから、翔さんもちゃんとお休みがある。
それでも弔事は突然だから、急に呼び出されて出て行く事も度々。

「布巾とかタオル、洗濯しといたよ」

そう言いながら縁側から入って来た翔さんが私を見て「おはようございます、Aさん」と微笑んだ。

「あ...おはようございます」

私が挨拶してると潤くんはキッチンに入って行きながら「トースト焼くけど、翔さんは食う？」って訊く。

「あ、じゃあお願いしようかな」
「Aは？」

私も訊かれて「いただきます」と応えると「じゃ、Aはコーヒー淹れてくれる？」って言われたから、キッチンに入って潤くんと並んで朝食の準備。

「最初に教えとけば良かったな」
「...え？」

食パンをトースターに入れた潤くんが私を見た。

「雅紀のこと」
「雅紀くんの...こと...」
「うん」

知りたいのか、知りたくないのか、胸がギシギシし始める。

思い出したのは、引っ越して来た翌日の朝潤くんと顔を合わせた時の彼の言葉。

―――『また知らない姉ちゃんかと思った』―――

戸棚からマグを出す自分の手が震えてる事に気付いて

何となく掌をグッパグッパと、開いたり閉じたりしてみた。