彼女はもともとⅢ (ページ15)

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ナイ姉様ページ15

泣いたって、兄は戻らない。

喚いたって、兄は生き返らない

後悔したって、もう遅い。

兄弟の中で一番正常、まともな兄が壊れてしまったのも、この家のせいだ

すっ、とまだ暖かい兄の懐から主従たちから眠っているだろう鍵を取り出す

とめどなく溢れるはずのない涙を流せば、優しく肩を抱いてお悔やみ申し上げます。と彼は言う。

冥土さんに主従の開放を任せ、ぺたっと床に座った。

『……納棺、お願いしないと。』

お願いしていい？と、正体を明かしてしまった彼にいう。

どうしてあなたはここにいるの？
それも、一人で。
こんなところに捕まってまで。

聞きたいことは山ほどある。
しかし、兄をなくした消失感には勝てなかった。

「不祥イソップカール、この手にかけて最高の眠りを」

彼は私を一撫でして、倒れた兄に近づいた。
兄は苦しそうな顔をして、口の端から血を流していた。

『お兄様、私好きだったのよ。

でも、嫌いにならないといけなかった。』

ねぇ、ねぇもしも

もしも私があのとき、妹を助けられていたならば。

あなたは壊れずに済んだのかしら。

『ねぇイソップ。滑稽でしょう？

一度も、私の名前を呼んでくれなかったの』

妹が死んでからは、兄は私の名前を呼んだことはなかった。

テウ、ともAとも呼んでくれなかった。
一度も。

死ぬ間際だって

「…」

『あの荘園でも、私の名前を呼んでくれる人は少なかった
忌々しい苗字。名前で読んでくれる人もあまり顔を合わせなかったし』

なにより、私はどうすればいいのかわからない。

『テウ、って呼ばれると無力な殺人鬼になってしまう気がして。
でも、聖女としてのAは、聖女じゃないのに呼ばれて変な気持ちなの。
酷いことをしてるから。』

彼は黙って兄の血を拭う。

隠していたのだろう。兄の机の影からいつもの仕事道具を取り出して手を動かす。

ただそれが、唯一の心の救いだった。

『結局、愛なんて虚妄に過ぎないのよ。』

誰かを愛する気持ちなんてわからない。

わからないから、笑って人の命を奪った。
嘘までついて。

だから私は許されない。

『殺人鬼のテウ。聖女のA

ホントの私は、誰なのかしら。』

今までの受けていた愛は誰宛なのかしら。

『少なくともみんな、私じゃなく、聖女の私を愛していたんだわ。
家族の愛は殺人鬼のテウ宛に。』

あぁ滑稽。
愛が怖いなんて。私に向けられてる愛なんてこれっぽっちもありゃしない。

「…少なくとも。」

彼はマスクをぐっと下に下げて、私を見つめた。