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(藍沢)
音を立てて床に落ちた楽譜ノートを拾いもせずに、天野さんはただ俺を見つめていた。
「…え?」
これを言う役目が、彼女でなくて良かったと、心の底から思う。
お前はこれ以上、つらい思いをしなくていい。
その痛みを、俺が背負おう。
「リハビリをしても、手の震えがゼロになる可能性は────とても低い。
約束を守れなかった。
…申し訳ない」
そう言って、頭を下げる。
必ず成功させると、Aと約束した。
けれど、あの日、あのとき。
────私が抜ける、だからお願い。
────私の分まで、奏ちゃんを助けて。
託された命は救った。
だがその代償は、あまりにも大きかった。
「…また弾けるようになるって言ったじゃない。
A先生だって、願ってるって、言ってたじゃない…!」
そのとき、がしゃんと金属の何かがぶつかり合う音がして、俺と天野さんはそちらを振り返る。
病室の入口に立っていたのは、入院着に身を包んだAだった。
「A先生…」
「────…奏ちゃん」
────馬鹿、なんで来た。
血色の戻った白い頬を、一筋涙が滑り落ちる。
「……ごめんなさいで、許されないのはわかってる」
だって、私はあなたの命を奪った。
震える声でそう紡いだAは、点滴棒を支えに俺の横へ歩いてくる。
「…Aを責めないでやってくれ。
弾けるようになると言ったのは、俺だ」
「…っ!」
ばっとこちらを見たAが何かを言うより、天野さんのほうが早かった。
「────うそつき」
涙を流しながら、彼女は俺を睨むように見つめる。
ただ悲しげに眉を寄せて、その言葉を紡いで。
「先生は、私の命よりも大切なものを奪った…!」
棘のように心に刺さる言葉を、何も言わずに受け止める。
隣のAは、ぎゅっと胸の前で手を握りしめて俯く。
いまは下ろしてある薄茶の髪が、さらりと肩からこぼれ落ちた。
あのとき、Aが大丈夫だと言わなかった理由が、いまなら痛いほどにわかる。
────奏ちゃん。
あなたは、とても強いひとです。
ほかの誰でもない、私たちが知ってる。
そう、それは。
閉ざされた未来を目の前にしても、貴方なら大丈夫だという意味も含まれていたのだと、いまならわかる。
それが彼女の、苦渋の決断だったのだと。
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yui - いつも楽しく読ませていただいております!単語についてなのですが、6話の5ページ、「コークリフト」とあ(ますが「フォークリフト」かと思われます。倉庫内で重いものや大きいものを移動させる乗り物です。 (2017年10月13日 16時) (レス) id: 30abdae40f (このIDを非表示/違反報告)
Alice(プロフ) - 18の守口さんの名前が森口さんになってましたので報告させていただきました (2017年10月7日 13時) (レス) id: 1a1e66043f (このIDを非表示/違反報告)
kii - 仕事の話し(患者さんとか)でもいいし、プライベートでもいいし、シリアスな感じでもいいし…とにかく香坂先生と白石先生が会話をしているところをもっと見たいです(笑)突然のお願いですみません!これからも頑張ってください!応援しています! (2017年8月28日 23時) (レス) id: 827d9f9495 (このIDを非表示/違反報告)
kii - 6話完結おめでとうございます!いつも楽しい作品を作ってくださりありがとうございます!またまたリクエストなのですが、最近藍沢先生との絡みが多いので(不満とかそういう意味じゃないです!)白石先生との2人のシーンが欲しいです!できれば藍沢先生の恋愛話は無しで… (2017年8月28日 23時) (レス) id: 827d9f9495 (このIDを非表示/違反報告)
nee - こんばんは!いつも作品見させてもらってます!リクエスト?意見?なのかわかりませんが名取先生には香坂先生から緋山先生に恋心移ってほしくないっていうか……無理なこと言ってすみません!これからも頑張ってください! (2017年8月28日 22時) (レス) id: 363a4b4fa6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ayanel | 作成日時:2017年8月22日 0時