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「…名取先生」
それは、一番聞きたくて、一番聞きたくなかった声。
夜の病棟の廊下は、人通りが少ない。
そろりと振り返れば、疲弊した顔の香坂先生が、ちょこんとそこに立っていた。
彼女は手近なベンチソファに腰を下ろして、ぺちぺちと隣を手で叩く。
立ち話もなんだから、ということらしい。
俺が腰を下ろすと、何を話すわけでもなく沈黙が落ちる。
耐えきれなくなって、先に口を開いた。
「…怒って、ますか？
白石先生や、緋山先生みたいに」
「半分。
もう半分は────初めて現場に立ったときの、私に似てるなって思った」
「え…」
驚く俺にくすりと笑って、彼女はどこから話そうかと思案顔になる。
「………私ね、同期にはほとんど話してないんだけど…11年前、医者だった両親を事故で亡くして、同じくその事故で怪我をした女の子を、心マで救ったの」
これ、内緒ね？と笑った香坂先生に、言葉が出なかった。
「当時────医者になったときね、何度も思ってたよ、次があったら、どれだけ楽だろうって」
でもさ、命ってすごく儚いもので、人間ってもろい生き物だってことを身をもって知ってるから、その矛盾した感情に潰されかけてたの。
「それから私は、人の死に弱くなった…。
だから無我夢中で救おうとするし、生きててくれたらそれでいいって思えるときも沢山ある」
でもね、と一度息を吸い込んでから香坂先生は立ち上がって俺の前に立つと、ぐっと肩を掴まれる。
その反動で、あたたかい何かが頬に落ちた。
────え…。
大粒の涙を薄茶の瞳に溜めて、気丈に自分を見下ろす人は────なんて、強いひとなんだろう。
「名取先生は、私みたいに後悔して欲しくないから、いま言う。
次って、何…？
────死んだら、その心臓が拍動するのをやめたら、全部…、ぜんぶ終わるの！
だからお願い…っ、そんな言い方、しないで…」
最後の方は、嗚咽混じりでほとんど聞こえなかったけれど、それだけ伝えた香坂先生は、俺の肩から手を離して涙をごしごしとぬぐいながら、爛々と瞳を輝かせて俺を見つめてくる。
その瞳に、何度息が止まりかけただろう。
彼女はどんな思いで、俺に過去を明かして、こうして注意をしたのだろう。
泣き止んでも目の下は隈が目立つ。
夜勤疲れと、冴島さんのことが重なって、きっといっぱいいっぱいなんだろうと、心のどこかは冷静で。
口の中が、乾いていた。
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萌香(プロフ) - 5の17ページの一番上です。 (2019年1月14日 1時) (
レス) id: 72c059cc1e (このIDを非表示/違反報告)
萌香(プロフ) - 文字が間違っていると思います。 (2019年1月14日 1時) (レス) id: 72c059cc1e (このIDを非表示/違反報告)
珠緒(プロフ) - 最近この作品を見つけ読んでみると、想像以上に私のドストライクな作品でした(^^)最高です！ありがとうございます。続編も読んでいきたいと思います。他の方も書かれているように、映画も書いて欲しいですね〜。ステキな作品ありがとうございます。ずっと応援してます♪ (2018年8月9日 3時) (レス) id: 762a6c7fed (このIDを非表示/違反報告)
ゆう(プロフ) - 久しぶりに読み返しました！表現が私の好きな表現で一気読みでした！映画も書かれますか？楽しみに待ってます！ (2018年6月16日 9時) (レス) id: f2d0e5e7c8 (このIDを非表示/違反報告)
ayanel(プロフ) - ちぃさん» キュンキュンして頂けてとても嬉しいです〜ありがとうございます(´｡ｐωｑ｡｀) (2017年8月22日 9時) (レス) id: 61d33ebdb1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ayanel
| 作成日時：2017年8月15日 0時
