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「なかなか予定が組めなくてごめんなさい」
「…久しぶりにお前に敬語を使われると気持ち悪いな」
顔をしかめながらも、彼がまとう空気はやわらかい。
初老に届くだろうか────傍から見れば親子のようにも見えるかな。
「にしても悪かったな。
仕事終わりのシンデレラの飯に付き合うのが、白馬の王子じゃなくて」
「……いつからそんなメルヘンチックな冗談を覚えたんですか、黒田先生」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことを言うのだろう。
私は苦笑してため息をこぼすと、鰺のマリネに手をつける。
さっぱりとした味わいのそれは、いまの季節にぴったりでとても美味しい。
「和食は7年ぶりか」
「ちゃんとしたものならそれくらいですね。
向こうではジャンクフードばっかりが嫌になって、さっぱりしたものばかり食べてました」
私は昔から和食が好きだ。
ちなみにお酒なら、日本酒よりカクテルやウイスキーの方に軍配が上がる。
職業上、家で飲むことは滅多にないけれど。
「そうか。
和食好きなら血糖値は心配なさそうだな」
「ふふ、そうですね」
こちらに帰ってきてからのこと、いまの翔北のこと────ゆっくりと箸を進めながら話していると、楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだ。
食後に小さな餡蜜をつついていると、それまで聞き手であった黒田先生がこう切り出した。
「心臓ならあいつ────
いまの薬は?」
「カルシウム拮抗薬ですけど、ニトロ(舌下錠)に変えてもらおうと思います。
仕事中にミネラルウォーター持ち歩くのが困難になってきて」
「それがいい。
ニトロに変えたなら、これを使え」
黒田先生が鞄から取り出してテーブルの上を滑ってきたのは、カプセル型をしたシルバーの小さな容器。
上部にチェーンがついていて、まるでネックレスのようだ。
「これ…」
「ニトロを入れるペンダントだ」
「…私に?」
「ほかに誰が使う?」
よくよく見てみると、繊細な花の模様が彫り込まれている、シンプルながら素敵なデザインだった。
「そのリングと一緒に通してやれ。
…お前のお守りだろう?」
「あ…覚えてたんですか」
「あいつも少しは変わったか」
少し考えて目を伏せる。
手の中のペンダントを軽く握って、私は黙って首を振った。
「何も…ただ純粋に、患者と向き合っています」
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あやみん - 名取先生が、自分に、恋したなんて、最高です!!!!! (2019年8月19日 12時) (レス) id: ac50c68a33 (このIDを非表示/違反報告)
Blueheart - 16話、朝日は登りつつではなく朝日は昇りつつ、ではないでしょうか? (2019年2月10日 15時) (レス) id: d757884bbd (このIDを非表示/違反報告)
Blueheart - 14話、以外にも耕作だった。ではなく、意外にも耕作だった。ではないですか? (2019年2月2日 21時) (レス) id: d757884bbd (このIDを非表示/違反報告)
Blueheart - 13話冒頭、横峯さんではなく横峯ではないですか?意図されてでしたらすいません (2019年1月18日 22時) (レス) id: d757884bbd (このIDを非表示/違反報告)
rabbit - 32の下から9行目「手術中にに」となっています。間違っていたらごめんなさい。 (2018年10月6日 23時) (レス) id: fec1ec90ab (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ayanel | 作成日時:2017年8月1日 0時