2 ページ12
「あ…」
顔を上げた先にいたのは。
「………久しぶりだね、奏ちゃん」
Aにそう呼ばれて、天野さんはふいと視線を子ども達から俺達へと向ける。
その丸い瞳が、Aを捉えて────ひどく、震えた。
「……体調は、もういいの？」
「うん。
微熱が続いてたんだけど、下がったところだよ」
「…そう」
訪れた沈黙に耐えきれなくなったのか、天野さんはなるべくAに目を向けないように、俺へと無理に笑ったような、張りつけたような笑顔を見せた。
「……どこか行く予定だったんでしょ？
ごめんね、引き止めて」
「いや…いい。
Aも、気分転換になっただろうし」
固く張り詰めていた空気が薄れたのを敏感に感じ取った子ども達が、いっせいに声を上げた。
「せんせ、またあそんでね！」
「やくそく！」
「ぜったいねー！」
「うん、約束。
…じゃあ、また来るね」
その言葉を合図に、止めていた車椅子を押していく。
曲がり角を曲がったところで、その肩が、か細く震えたのに、気がつかないふりは────できなかった。
「名前で、呼んでほしかったなぁ…」
「……A」
俺の声など、所詮いまはただの慰めにしかならない。
「……どうしてだろうね」
そのあとに続けられた言葉に、俺は胸の奥がきつく締めつけられるような、嫌な感覚を覚えた。
「────飲むか？」
すい、と目の前に差し出されたブラックコーヒー。
「…すいません、頂きます」
思考の海に溺れていた俺の肩を、隣に腰かけた橘先生が勢いよく叩いた。
「なんだ、浮かない顔して。
香坂と喧嘩でもしたか？」
「……いえ」
すぐに否定できなかったのは、彼女の先程の言葉が、頭に浮かんだからで。
ただそれよりも、いま心の中を占めるのは────。
「あいつは…これからどうするんでしょうか」
そう言って俺はただ、少し離れた中庭で、優輔くんと三井先生に笑いながら話しているAを見つめた。
手の中の缶コーヒーのあたたかさが、やけにはっきりとしていた。
「お前がトロントに行くまでに…完治できそうか？」
「…このまま良好に進めば、十分間に合います。
ただ免疫が落ちているので、少しの菌にも過剰に反応してしまうことが、もうしばらく続くかと」
それで命を落とすケースが、ゼロではないことも。
俺もあいつも、よく知っている。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 5648人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
りりり(プロフ) - とても楽しませて頂いております。ひとつ気になったのですが、32ページの副題「At the Xintiandi.」だと上海の新天地という地区を指してしまうのではないでしょうか。意図されての事でしたらごめんなさい。 (2018年9月17日 8時) (
レス) id: 539d09e6a1 (このIDを非表示/違反報告)
ffchr09(プロフ) - もう読み終えているのに読み返したくなります。私も秋生まれ天秤座なので、作品にのめりこんでしまいました。お忙しいと思いますが、劇場版も楽しみにしています。 (2018年9月16日 14時) (レス) id: 3038f6a4cb (このIDを非表示/違反報告)
憂依 - 2日間で読み込んでしまいました。読み進めてくほど、感動しました。雰囲気に浸りたくてBGMはずっとHANABIを聴きながら...笑 素敵な作品ありがとうございました。劇場版...お忙しいとは思いますが、楽しみにしてます。 (2018年8月15日 8時) (レス) id: 8dc691da23 (このIDを非表示/違反報告)
S - 最高に面白い作品をありがとうございました！香坂先生の続きのお話しが是非是非読みたいです！香坂先生ロスで泣けます。素晴らしい作品をありがとうございました！！ (2018年8月5日 10時) (レス) id: 223a468b93 (このIDを非表示/違反報告)
ともみ - 最高の作品でした！ (2018年7月1日 1時) (レス) id: 53269475bb (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ayanel
| 作成日時：2017年9月27日 0時
