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『…ありがとうございます。』
「いえ、大丈夫ですか？」
こんな人、この階に住んでたっけ？と思いながらも謝罪とお礼を伝える。
彼は私の頬を見つめて心配そうにオロオロとしていた。
『全然大丈夫ですよ。ちゃんと帰って手当しますし』
「っ、じゃあせめてこれで冷やしてください。」
鞄と共に提げられたコンビニのビニール袋から結露の付いた缶ビールを取り出して、私の頬にくっつけた。
『えっ…ありがとうございます、』
「…警察とか、大丈夫ですか？」
スマホを取り出して今にでも電話をかけそうな彼を慌てて止める。
『私が悪いので大丈夫ですよ！いつものことなんで…』
そう告げると「"いつも" なんですか…？」と眉を顰めたあと、「あ、いや！俺が首を突っ込むものじゃないですよね、すみません」と申し訳なさそうに笑った。
『いえ…心配して頂けて、ちょっと嬉しいです』
少し恥ずかしくなって、照れ隠しに笑うと彼は目を逸らして狼狽える。
少しして口を開いた。
「俺、1604の松村北斗です。先週引っ越してきて。」
『あ！隣です。私1605のAAといいます！』
「本当ですか？すみません、挨拶に行けてなくて、」
バタバタしてたもんで…と再び申し訳なさそうに頭をかく松村さん。
コロコロ表情が変わって可愛いな、なんて思ってしまった。
「なにか手土産渡した方がいいって分かってるんですけど、今どきそういう文化あるのかなって…」
『分かります分かります！…あ、私は大丈夫ですよ。』
でも…と食い下がらない彼に じゃあこれで大丈夫です と缶ビールを掲げる。
「そんなので良いんですか？」
『はい！私お酒好きなので！』
『別に酒豪って訳じゃないですよ？！』と慌てて胸の前で手を振ると松村さんは歯を見せて笑った。
……可愛いな、なんて。
「…よかったら話、聞きますよ。」
真剣な顔で私を見つめる彼。
今知り合ったばかりなのに、全部打ち明けたくなるのはなんでなんだろう。
「こんな所じゃあれですし…」と部屋へ続く短い廊下に歩みを進めた後ろ姿に『お気持ちはありがたいんですけど、もう仕事で行かなくちゃいけなくて…』と告げる。
『また、お話して頂けますか？』
「もちろんですよ。お暇な時にでも。」
なにも聞かずに承諾してくれた彼はたぶん私の職種を理解したのだろう。
これが、松村さんとの関係のはじまり。
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作者名：娘娘 | 作成日時：2020年6月6日 15時
