コード・ブルー ‐もう一人の医者‐ (ページ36)

今日:3 hit、昨日:17 hit、合計:342,237 hit

35 ページ36

〔白石〕

Aがフライトする前、藍沢先生が分かりにくいけれど、珍しく心配そうにしていた姿が浮かんだ。当の本人は気付かずに飛んでしまったけれど。付き合いの長い、私達同期なら分かる。藍沢先生は何かを感じていたのかもしれない。言い表しようの無い、不安を。

雪村さんの言葉を聞いた時、処置室が水を打ったかのように静まり返って、頭の中が真っ白になった。"どうして"と"何故"が頭の中をぐるぐると回って、返事をする事も出来なかった。

運ばれてきた患者の処置をしなければと思うのに、上手く頭は働いてくれなくて、結局緋山先生がさりげなくサポートしてくれて、なんとか落ち着いた。それなのに。

胸元で鳴ったPHSには雪村さんの文字。嫌な予感に慌てて画面に指を滑らせると、嫌な予感は的中。患者の急変だ。処置はフェローでも出来る筈の挿管、それでも今現場に医師は居ない。最悪のタイミング。現場に1人残された雪村さんは完全にキャパオーバーで軽いパニックになっていて、こちらの指示を冷静に聞けているとは思えない。

じわりとPHSを持つ手に、汗が滲む。

ヘリはまだ着かないのだろうかと、焦る気持ちもそのままに連絡室に飛び込んで、藍沢先生に連絡を取った。ヘリはまだ着かない、あと少し、届かない。

もう、打つ手が無いと絶望した時―――

―――PHSから、聞こえない筈の声が聞こえた

思わず藍沢先生との会話を不自然に途切れさせてしまったけれど、それほど私は驚いた。だって、小さな音量だったけれど、聞こえたのは負傷して意識の無い筈のAの声だったから。

《白石、どうした。》

ヘッドセットから困惑している藍沢先生の声が聞こえて来た事で、はっと我に帰った。

「っ、今…A先生が…！意識を取り戻して、挿管したって…！」

《 …分かった、何かあれば連絡してくれ。》

「分かった、A先生の事…お願い。」

《 …嗚呼、》

通信の切れたヘッドセットを外し、小さくお礼を言って慌しく通信室を出た。

「A先生の意識が戻りました、現在は急変した患者の処置を行っている様です。」

安否を心配していた仲間達は、ほっと一つ息を吐いて口々に良かったと呟く。

帰ってきたら心配したんだと目一杯怒って、無事に帰ってきてくれて良かったと抱き締めよう。その為に、目の前の患者に集中する。だって、Aには信頼している仲間がついてくれるから。