コード・ブルー ‐もう一人の医者‐ (ページ15)

今日:5 hit、昨日:3 hit、合計:342,242 hit

14 ページ15

〔A〕

もう、周りの音も聞こえない。

見開いた目は、殆ど瞬きする事も無く、

ひたすらに、命を繋ぐように、

この手が、患者さんを救えると信じて、

人工弁と血管を縫い上げていく。

『…完了しました。』

一つ終わった、と瞬きをする。
乾燥していたのかじわりと目に涙が集まるが、
もう一つ瞬きをする事で涙を追いやる。

心外の先生が残りを進め、時折フォローに入る。
止めていた心臓が、再び動き始めて、
縫合部分からの出血が無い事を確認しなければ。

「心拍、再開します。」

この瞬間、いつまで経っても不安になる。
いくら心臓の手術をしても、
再び心臓が動き始めてくれなければ
手術を行った意味がなくなってしまうから。

「…心拍再開しました！出血も、見られません！」

この一言を聞いて、漸く終わったのだと安心する。

『…後は、お任せします。』

本当は最後まで見届けたいけれど、
生憎この体は一つしかない。
いつまでも救命を空けていられない、
と急いで心外を出る。
でも幸い、無線は鳴っていない。

"折角だからエレベーターを使ってみよう"

…なんて思いついた数分前の自分を殴りたい。

「どうかしました？」

『…いえ、別に。』

黒いスクラブ、くるくるの髪。

たまたま乗り合わせてしまっただけで
何故こんなにも疲れているのだろうか。

「あれ、救命の人ですよね？最近来た先生ですか？
　初めまして。脳外の新海です。」

最初は当たり障り無い感じで、
同じ職場で働く医者としての挨拶だと思ったのに。

「折角同じ病院なんだし、仲良くしてよ。
　歳だって同じくらいでしょ？広紀って呼んで。
　その代わり、名前で呼んでもいいかな？」

はっきり言おう、こういうタイプは正直苦手だ。

『…いきなりは、ちょっと。
　流石に、申し訳ないです。』

「今度会った時から呼んでね、
　じゃあ宜しく、A。」

脳外の階で降りていった新海先生の背を
唖然として見送る。
何故だ、手術してるより疲れた。

ぐったりと壁に寄りかかっていたら、
唐突にドアが開いた。
ヤバイ、と体を起こして挨拶するも目の前には

『おつか…なんだ。』

「なんだってなんです？Aセンセイ？」

相変わらずスマホ片手の名取が、
嫌味な笑顔を貼り付けて乗り込んで来る。

『…疲れたんだよ。』

「ふうん、めずらし。」

二人で壁に寄りかかっていたら、ドアが開いて
慌てて挨拶したのはこの数分後―