第拾玖話 ページ28
一瞬の出来事が、まるでこま送りの様に進むのを春畝は他人事の様に眺めていた。
遠方の仲間達が何かを叫んでいる。
加州が血相を変えて此方に向かってくる。
自身の頭上から影が落ちる。
影の主が何かを振り上げる。
───大太刀。敵の大太刀だった。
彼が呆然としている間に、歴史修正主義者は其の刃を振り上げていた。今まさに、春畝を叩き潰さんと其の凶刃が振り下ろされようとしている。
彼の青い瞳に、銀の光を散らす大太刀が写り込んでいた。眼前に迫る其れを見ても尚、春畝は動かないでいた。
足が動かない。
人間、本当の恐怖と対面した時は動かなくなるとはよく言ったものだ。
───嗚呼、
最早走馬灯の様な感覚に陥りつつ、彼は静かにそう悟った。抗いようの無い事実だった。
瞼を下ろす暇さえ与えられず、春畝は立ち尽くす。
「バカ!
後ろから腰へ軽い衝撃が走った。誰かに叩かれたのだと気付くのにそう時間は掛からず、其の衝撃で彼は我に返る。
目の前で火花が散った。金属同士がぶつかる甲高い音と共に、高いヒールが地面を蹴る音が春畝の耳にも届いた。
「無茶だよ!清光ッ!」
遠くから大和守の悲鳴の様な声も、四振の駆ける足音も響いてくる。
其方に視線を向けることは叶わない。春畝の視線は今、唯一振の打刀に注がれていた。
「か、しゅう……」
春畝も又、悲鳴の様な掠れた声を漏らす。
加州がたった一振で、敵の大太刀を自らの刃で受け止めた事。
そして、其の「加州清光」からぎりぎりと嫌な音が聞こえる事。
此の状況が長く持たない事。
瞬時に理解できた。加州一振では大太刀の攻撃など受けきれない。
彼は咄嗟に地に転がる「春畝兼定」を手に取る。
ふたりなら或いは。
そう思い立ち上がった瞬間、加州が一瞬だけ此方に視線を向けていたのが解った。
へらり、と力無い笑みを浮かべていた。
ごめん、と加州の唇が動くのが解った。
「俺……お前のこと、ちゃんと
そう言う加州の声は微かに震えていた。
僅かに、目尻から透明な雫が零れたのが見えた。
「守って、あげられなかった───」
硝子が割れる様な甲高い音が耳を突く。
飛び散る銀の欠片。
悲鳴にも似た咆哮。怒号。
振り下ろされた大太刀。
真っ二つに折れた打刀。
鋒が弧を描いて飛んでいくのを。
唖然と見つめる少年の足元で。
杖に仕込まれた脇差が。
音を立てて粉々に砕け散った。
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作者名:氷空 | 作成日時:2018年11月3日 21時