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forget-me-not ページ21

最期にぼくは、この言葉を遺そうと思います───


沈んだ空気は晴れなかった。
葬式の様な空気は何日も続いた。

全てを手にすることは叶わない。身を以て痛感した。
現実は時に残酷だ、とかつて彼は言った。漸く、真の意味で其れが解った様な気がする。

冷たくなった我が君(・・・)の前に膝を付いた。あの時の絶望は一生忘れる事は無いだろう。
ぐったりとした我が君の背には無数の刺し傷。抵抗した痕跡は無い。ただ一方的に襲われた様だった。

嗚呼、此の人は我が子を守って逝ったのか。
なんと強く、優しい人なのだろうか。

其れに引き換え、ぼくは。
なんて酷い奴なんだろう。

深々と我が君の骸へ頭を下げた彼の後ろ姿を見て思った。
震える手で政府へ報告書を書く歌仙様の背を見て思った。

彼は、本来関わるはずもない別の本丸(せかいせん)の事で心を痛める必要なんてないのに。
歌仙様は、大切な人を眼の前で失って誰よりも辛い筈なのに。

此の事件を引き起こした張本刃であるぼくが何もしないなんて。
そんなの、おかしいじゃないですか。

ぐずる赤子を胸に抱いてひとりごちる。
墓石の代わりに植えられた、小さな桜の苗の前で泣き(じゃく)る赤子をあやしながら独り思う。

此の子はどうなるのだろう。
此の本丸は、どうなっちゃうんだろう。

ぼくの腕の中でけたたましく泣く乳飲児の頭を二、三度撫でてやればぴたりと泣くのを止めけたけたと笑い出した。
其の愛い反応に思わず口角が上がるのが解る。

ぼくは此の子の行く末を見護る事は出来ないだろう。
此の本丸に戻ってくる事も、二度とないだろう。

明日、ぼくは政府へ行く。懺悔するにせよ、贖罪をするにしろ、自らの罪を告白するつもりだ。
刀解処分は免れない。恐らくは本霊に還る事も───いや、本霊の消滅すら十二分にあり得る。

其れは人間でいう「死」だ。ぼくは明日、死にに行く。
其れが、ぼくの出来る唯一の贖いだろう。

嗚呼、我が君。お待ち下さい。
今から冥府(そちら)に向かいます。

だから、次こそは。今度こそ。
ぼくに貴女を護らせてくれませんか?

「……我儘を、聞いてくださいませんか。
ぼくの最後の───最期の我儘です。
どうか、どうか。ほんの少しでもいい。一欠片でもいい。
ぼくの生きた証を、残してください」

誰に向かって言うまでもなく、ぼくは言葉を吐き出す。
歌仙様はきっと、ぼくも此の桜へ迎え入れてくれるだろう。




「ぼくを忘れないで」

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作者名:氷空 | 作成日時:2018年11月3日 21時

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