君と (ページ30)

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歌えないページ30

待ち合わせ場所の駅に着き、西島君に電話をしようとしたら、目の前に紺色のセダンが停まった。

何!?

助手席のウィンドウが開き、キャップをかぶり眼鏡をかけた西島君が、運転席から顔を覗かせた。

『みお、お疲れ。となり乗って』

「あ、ありがとう」

急いで助手席に乗り込み、シートベルトをかけた。

『じゃ、行くよ』

そう言って、西島君はゆっくりと車を発進させた。

『仕事お疲れさん。コーヒー、良かったら飲む？そこに置いてあるから』

彼の視線の先のドリンクホルダーを見ると、カップがセットされている。

「ありがとう。いただきます」

『ブラックでいいの？』

「うん、でも最近はカフェラテも好きかな」

『ラテね。俺も好き』

西島君はそう言うと、私の膝の上に何かを置いた。

チョコレート？
うちのメーカーのチョコだ。
アーモンド入りのやつ。

隣を見ると、西島君がニィッと笑ってる。

「売上に貢献してくださって、ありがとうございます」

私は仰々しく頭を下げた。

『あっははは！それうまいよね。前から俺好きだったんだけど、まさかみおがこのメーカーで働いてるなんてね。昨日知って驚いた』

明るく笑う西島君。
久しぶりに会うけれど、まっすぐな笑顔は相変わらず。

今の私には眩しすぎる笑顔。

「忙しいのに、会社近くまで迎えに来てくれてありがとう」

『今日は俺、夕方からオフだったから大丈夫。気にしないで』

「そっか」

車は横浜方面へ向かっているみたい。

さっきから妙な緊張感が私を支配している。
話したい事って何だろう。
すごく嫌な予感がする…

私は持っていたバッグを握りしめた。

「どこかでご飯食べるの？」

『うーん、もうちょい走ってもいい？チョコレート食べよ』

「うん…」

チョコレートのパッケージを開けて西島君に差し出すと、彼は1粒手に取り口に放った。

『やっぱうまいな』

満足そうに笑った西島君は、カーラジオのボリュームを上げた。

聞こえてきたのは、エルトン・ジョンのYour Song。

優しく包み込まれるようなメロディが好きで、高校生の時に英語の歌詞を覚えて練習したっけ。

夏に香織の家で西島君と一緒に歌った時は、すごく楽しかった。
素敵な時間だった。

なのに今は、歌えない。