episode 48.5 ページ8
.
靴音が刺すように響く。
威圧を込めた歩き方も、もう思い出せないほど前からこの身に染み付いている。
その日の取引相手は出向いた価値のない男だった。
一見こちらに有利な契約だが要所要所に穴が目立つ。強引に利益をもぎ取ろうとしてくる奴の方がまだマシだ。
俺は商談の途中でソファを立った。
「どこへ行かれるんです?まだ話は」
「座るものにすら偽物を使う相手と結ぶ契約はない」
「なっ……にを……!!」
男が見る間に殺気立った。彼の背後の陰になっている場所からも膨れ上がる感情によって気配が明確になる。
上が上なら下も下だな。姿を見せる前に気取らせるとは。
トップなのであろう男の握りしめた拳が震えているのを認め、俺は音もなく片手を挙げる。
「殺せ!!」
予測通り。間髪入れず同じ指示を下した。
「殺せ」
声を発したのはあちらが少し早かった。しかし手を挙げた時点で用意ができていた俺の部下の方が先に撃ち出した。
汚れた客室を抜け、数人の部下を従えて廊下を進む。
「取引を組んだのは誰だ。外しておけ」
「はっ」
一歩踏むごとに鋭い靴音が鳴る。この廊下は反響しやすい造りのようで、先程から鬱陶しくて耳障りだ。
……早く夜にならないだろうか。
早く、会いたい。
□■□
「坂田さんって、お酒みたいですね」
縁側に腰を落ち着かせて過ごす中で、唐突にAは言った。
初めてされた表現に笑ってしまって、どういうことかと尋ねれば忘れてくださいと言う。悪い意味ではないことくらい、わざわざ言葉にされなくても解っていた。
照れたように月を見上げた彼女に、俺は先程向けられていた視線を思い出した。
彼女はよく、まるで綺麗なものを見るような目で俺を見てくる。だがそんなことはあるはずがない。今日も数十の命を奪った。この顔に血を浴びた回数も数えきれないほど、俺は汚れきっている。
彼女もそれはわかっているはずだ。わかった上で尚、普通の人間を相手にしているように接してくる。彼女も実は普通じゃないのかもしれない。
怯えて、涙が滲みそうに瞳を揺らしながらも逃げない強さが気に入った。そして俺の本質を、甘さを見抜いたかと思えば迷わずに信じてくる。共に居るためにここを利用されたのは初めてだった。
こんな風に利用されるのは、悪くない。
好きな奴がいたって俺に落とせばいい。諦めるなら最初から好きになってない。
「好きや。A……愛してる」
誰よりも愛するから、好きになってよ。
719人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
む-む(プロフ) - 更新ありがとうございます!いつも楽しく読ませてもらってます…!今後も応援しております! (2月5日 22時) (レス) id: e45905575c (このIDを非表示/違反報告)
蟹汁(プロフ) - 最新話とても楽しみにしておりました…!更新嬉しいです! (1月9日 13時) (レス) @page19 id: 1d876901a1 (このIDを非表示/違反報告)
yume(プロフ) - すごくドキドキする楽しい作品です!更新楽しみにしてますー! (10月28日 13時) (レス) @page18 id: af9fca39eb (このIDを非表示/違反報告)
きゆか(プロフ) - 更新楽しみにしてます…!いつか続きみたいなって思ってます…!! (2022年10月31日 0時) (レス) @page18 id: 1051f9e52c (このIDを非表示/違反報告)
みこ - 更新頑張ってください!大好きなお話です! (2022年10月22日 16時) (レス) @page18 id: 2aca8cdc1f (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:ノア | 作成日時:2020年8月27日 14時